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二
「あ………んっ」
安っぽいホテルで、バイクで走ってて視線で交わした一夜の戯れ。
ぴっちり着ていたライダースーツを脱ぐと、大体女は大胆になる。
前は上に乗られる趣味はなかったんだが、今は上に乗った女を下から突き上げて翻弄し主導権を握られたふりして握ったふりをするのが楽しかった。
誘う時、昔行った出店のくじびきで当たった安っぽいオモチャの指輪をつける。
薬指にはめた指輪をまったく気にしない女は大体後腐れない。
千秋みたいな純粋な娘を傷つけず、性欲もまぁ満たされるし?
感情がいらない行為は楽だ。
感情が引きずられない関係は、好きだ。
「あら? シャワーもう終わり?」
「ん。ゆっくり家で入る」
名前も知らない女と、一言、二言話して終わる。
次にバイクですれ違っても、多分俺は気づかない。
椿と違って匂いも痕も残さない。
痕跡は残さない。
椿は俺が気づかないかと思っているのか、微かな表情の変化で分かる。
椿は誰かを好きになっている。
ちょうど10年前、俺が寒田の為に作ったブーケが雷也というガキの嘘で無駄になった時、あの時の椿のようだ。
椿は、あの花束を噛みちぎった。
千切り、止まらない衝動で泣いていた。
あの時のようなガキじゃない。
衝動を行動に変えて、椿は今、『恋愛中』だ。
ミルクをやったり、一緒に寝たり、喧嘩した相手の家に殴り込みに行こうとした俺を止めようとしたり、俺のキャラ弁に対抗して可愛いお弁当を作ったり。
そんな椿は、もうとっくに俺の手から離れている。
「遅かったですね」
白い息を吐きながら、真っ赤な鼻をつけた寒田が店のシャッターに凭れて立っている。
こいつとの関係も、とっくに俺の手から、離れている。
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