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十七言。横恋慕野郎。
「おい、帰ってるのか?」
下から椿に声をかけると、慌てて音楽を聴くのを止め てバタバタ騒がしい音がする。
最近椿はおかしい。
ボーッとしたり落ち込んだり真っ赤になったり、色気や艶が出たり。
何かあったのかちょっとは教えてくれてもいいのに。
だがもし俺と寒田のせいなのならば母親や寒田について説明するべきなのか?
「お前、またジム行ってきたのか?」
内心ではドキドキしながらも平常心に努めて、髪を結びながら聞く。
「ああ。KENNと試合しちゃったから暫く出入り禁 止だけどね」
「KENN?」
怪訝そうな顔をすると、椿は申し訳なさそうに、こう切り出す。
「雷也のライバルだよ。知らない?」
「興味ない」
「雷也より有名なのに?」
雷也はムカつく名前だし、KENNとか興味ねー。
その言葉にピクピクと反応する。 エプロンをしながら、怒りも怒鳴りもせず静かに、振り返る。
「お前、母親についてもう少し知りたい?」
直球だった。核心にいきなり触れてみた。
椿の顔をまっすぐ見つめるが、椿は店頭に並べる予定の花を持ち上げながら曖昧に笑う。
母親が椿を本当に大切にしていたことは教えている。
けど墓も知らないし、実家については全く教えていなかった。
だから緑が現われた今、ちゃんと説明しなければいけない。
「うーーん。父さんが嫌なら別に聞かないけど。 でも寒田さんの事なら知りたいかな」
「お前の母親の弟」
迷いもせずにそう言った。もっと言いたくない何かがあるのではと思っていた分、いきなり率直にそう言われて椿は言葉を失う。
「ただ、それだけ」
それだけであんな風に激怒するのはおかしいと疑問に持つだろう。
今の静かな無表情の俺もおかしい、か。
「 俺はあいつが嫌い。吐き気がするぐらい。二度と顔も見たくない」
「俺、寒田さんの事務所でバイトしたいって思ってるんだけど」
「は?」
「俺のベットの下には、エロ本じゃなくて雷也の グッズやCDがある。ずっと10年前から彼のファ ンなんだ」
黙っていた、秘密にしていたことをポロリと言っ てしまった。
そんな表情で椿は息を飲む。
――めちゃくちゃ可愛い。
俺がずっと騙されてたと思ってるのか。
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