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だが、このタイミングしかないのだと思ったんだろう。 別に俺に 怒鳴られたり、罵られたりするのが怖くて黙って いた訳ではない。 根底に、10年前荒れた俺が、何故か脳裏を過るからだ。 あの日と雷也が嫌いな理由が何故か重なってしまい、椿は隠すしかなかった。 「知ってた。お前が雷也をリスペクトしてるの は」 取り出した道具をテーブルに並べながら、静かに、静かにそう言う。 「俺に迷惑が掛からないなら好きにしろ。花屋の 仕事だって、お前が嫌なら無理に手伝わないで良 いんだからな」 やっと軌道に乗って来たのに。毎日枯れていく花に頭を抱えながら、インターネットを取り入れ、 コンテストに参加して賞を色々貰い、店に箔を付けて。 今度は俺一人では手が回らない状況に追いやら れていたと言うのに。 「お前の好きな事優先で、手伝ってくれるのは構 わないから」 冷静にそう言いながらも俺の心は黒く澱む。 仕事用の花に手を伸ばし、邪魔な部分の茎の長さを確かめる。 パチンと花の茎を切って飛ばす。 パチン パチン パチン パチン 床に落ちる茎は、花じゃないから捨てられて行 く、邪魔なもの。 寒田をもう今はそんな邪魔な茎の部分。 花を支える茎の部分。簡単に切られて捨てられてしまうような。 長さの分だけ側にいた。 その長さを切り刻む。 「ありがと。でも俺は父さんの優しい作品が可愛 くて好きだから、手伝うし、花屋も続けていくか ら」 「おう。――じゃあ、バケツに水汲んで来てく れ」 ぶっきらぼうに、わざと感情を隠して声でそう言わうと、椿ももう何も言わずに仕事を手伝う事に戻った。

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