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四
「そ……うですか」
寒田はあまり表情を動かさずに、短くそう言う。
そして、少し横にずれると、俺にタクシーを譲った。
「では、先にどうぞ。俺は車で来てますし」
んじゃあ紛らわしく突っ立ってるんじゃねーよ、と思いつつも礼を言うが、澄ました顔のままだった。
俺をライバルだと意識している癖に。
健気にも譲ってくれるとは。
だが、恋愛は譲っていたら本当に逃げられて終わっちまうからな。
無言でお互いを睨みながら、夜の道路を飛ばした。
俺が今何処にいて、どんな状況で、何をしているか。
太陽はそれを考えて躊躇して、それでも俺に電話したんだと思うと、可愛くて堪らなかった。
俺の重くて、歪んだ愛を、注ぎ込んだとしても、
太陽ならば大丈夫なんじゃないかと、そう願ってしまうぐらい。
俺はあいつに惚れていた。
太陽の店に到着すると、空はもう紫色に染まっていた。
明けの明星が頭上で輝いている。
時間は既に四時を過ぎていた。
「遅い!」
店に入るなり、大歓迎ムードでそう言われ肩を竦める。
愁傷に呼び出したことを詫びるつもりもないらしい。
まあ、それぐらい全然問題ねぇし、俺が舌打ちしたいのはそんなことではねぇ。
「誰? このおっさん」
俺以外にも呼んでたのかと、ウキウキした心が冷めてしまった。
二人っきりかと思ったのに。
「親父さんはもう帰って自分の店もしなくちゃいけないし、家族もいるんだ。お前は大丈夫だろ」
「酷えな。俺の恋心は傷だらけだ」
太陽が親父さんと親しげに呼んだ奴は、俺の顔をまじまじと見た後に、『恋心……?』と呟いた。
「ああ。俺、太陽が好きなんだ」
サングラスを外しながらそう言うと、渋い顔をした。
「つまんねー話は良いからさ。花の茎を切ったり、薔薇の刺抜いてり、完成品にリボン付けたり、段ボールに梱包したりとか頼む。分からないことがあれば聞け」
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