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八
思わず、大きく口を開けてしまった。
呆れて、顎が外れてしまったかと思った。
まじか。
こいつ。
「俺、お前なんかに負ける気ないけど?」
「じゃあ、いいじゃねーか。俺と勝負しても」
何か作戦でもあるのかと疑ってしまいたくなるが、
それでどちらの気持ちが強いかと決まるならば全然構わないけど。
「俺の愛は、多分アンタの後ろ向きな心を振り向かせてやれるよ」
馬鹿だ。こいつは本当に馬鹿だ。
「じゃあ、やろうぜ。バイクは?」
「アンタがシャワー浴びてるうちにマネージャーにでも持って来させるよ」
何処までも自信満々だけど、その自信を圧し折ってやる。
恋人。
まだピンと来ないその関係に、俺はKENNとなれる想像ができない。
身体だけとか、一晩だけとか、会ってヤッて帰るだけなら、――恋人の肩書は要らない。
重すぎる。
KENNは、どこまで俺を求めたいのだろうか。皮手袋を、ぎりりときつく慣らしながら嵌めて、髪を束ねて、KENNは口に煙草を咥えていた。
適当にシャワーを浴びて俺が濡れたままの髪で、嫌そうに外に出てきたのを、にやりと笑う。
「ちゃんと、乾かしてこいよ」
「別に、今から風に浴びたら乾く」
「アンタ、子供みたいだな」
「36のおっさんに子供って言うな」
むすっとして俺に気も止めず、濡れた髪に触れた。
「アンタは?」
「あ?」
「アンタは、勝負に勝ったら俺に何を望む?」
濡れた髪に触れたと思ったら、指先で捩っていく。
水分を吸い取って行くような、その仕草にどう返していいか悩む。
あんな電話一本で、文句も言わず駆けつけてくれて。
俺が起きるまで傍に居てくれて。
その行為を、俺は蔑にして、利用するだけでいいのだろうか。
「お前が負けたら、……もう会いに来るな」
こんな後ろ向きな俺にもう、振り回されんじゃねーよ。
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