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八
「俺じゃ、駄目ですか?」
寒田は俺を更に強く抱きしめながら、震える声で言う。
「俺で我慢してくれませんか。セフレでもいいです。そのかわり、世界に一人だけ。俺だけで我慢して下さい。貴方のストレスのはけ口にしてもいい」
「お前。そうまでして、KENNと俺が関係を続けるのを阻止したいのか?」
「もちろんです。今すぐ、貴方を監禁してでも阻止したいです」
寒田なら、もう、もう、あれ以上の嘘は付かないだろう。
こんなに、俺の身を心配してくれて愛情を注いでくれる奴なんて、
確かに世界で一人しか居ないだろうけど。
ズキズキと胸が痛む。
後ろから抱き締められていて良かった。
こいつの顔を正面から見ていたら、俺はきっと情けないことに気持ちが揺らいでいただろう。
こいつの嘘つきな、甘い気持ちに。
「緑」
18年ぶりにその名前を呼ぶ。
ひゅっと小さく息を飲み、緊張が此方にも伝わってきていた。
「18年も縛り付けて――悪かった」
解放させてやれなくて、呪縛のように俺への気持ちに縛り付けられたまま。
悔しくて涙が溢れてくる。
その滴が、寒田の腕に堕ちて高級そうなスーツにシミを作っていく。
「太陽?」
「馬鹿みてえ。俺の方がガキだ。怒りに任せて周りが何も見えなくて、がむしゃらに仕事に逃げて、馬鹿みてえ」
仕事という殻に閉じこもって安心してた。
寒田はそんな俺を殻の外から温めつつ見守ってきてくれたんだよ。
「いいえ。どうか、俺のせいで泣かないで下さい。俺はただ、貴方を」
「俺は、お前にそんなに思って貰えるような人間じゃねーよ。本当に」
「太陽」
「今は、お前の真っ直ぐな気持ちは俺には重すぎて、綺麗過ぎて、触れたくない」
気付かずに、いいや、気付けずに、こんなに埋められない距離まで逃げてしまって申し訳なかった。
「KENNを、暴力でしか愛を感じられない奴って今、言ったよな」
「はい」
「お前でさえ奴の事をそう言うんなら、本当にそうなのかもしれない」
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