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九
この温かい腕の中で、ぬくぬくとまた笑ってキスをして、馬鹿な話で一緒に笑って、抱きあって、肩を寄せ合う。
そんなぬるま湯の中だったら、俺の気持ちも安定しただろう。
誰ももう俺の作品を、繊細で寂しいなんて、謳わなくなるだろう。
「でも、俺は強引で馬鹿で強引で、なのになかなか手を出して来ない癖に、俺から抱けって言っても悲しい瞳をするあの馬鹿が、強引な馬鹿が誰からも理解されないのはすごく悲しくなる」
強引だった思い出しかないが、それがあいつの愛情に飢えていた言動だと思ったら切なくなった。
あいつは、抱くことで愛を満たすことを諦めていた。
俺を抱くことを恐れていたのに。
KENNのことも寒田の事も、俺はまともに見ようとしていなかったんだ。
二人の声なんて聞こうともしなかったんだ。
ただ、自分が傷つくことから避けて、適当にしか向き合わないようにわざと冷めたフリをして。
ただただ、自分が傷つきたくなくて。
KENNを理解してやろうともしなくて抱かれたのだから、この首の痕は俺がKENNを傷つけた証拠にしかならない。
こうやって、弱った今、寒田にぶつかられて漸く自分自身の浅はかでダサくて、酷く醜い所を知ってしまった。
「ごめん。俺、気持ちを清算しねーとお前に優しくされる権利もねーよ」
「行かせたくないから俺はこうして抱き締めてるんです」
「ああ。だが、お前は俺が嫌がることはできねーよ」
力なく笑うと、無理矢理向きを変えさせられ、寒田の顔が近づいてくる。
唇が触れるか触れないかギリギリのラインで、寒田の動きは止まる。
18年ぶりに、まっすぐに寒田を見ることができたような気がした。
「ごめんな、緑」
「……太陽が謝らないでください」
「ん。でも悪い。涙が止まらね―」
ポロポロと子供のように涙を流すと、18年ぶりに寒田が笑ってくれた。
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