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二十八

「それでもきっとアンタは優しいから、――あいつを許してやるんだろうなって分かってるんだよ」 苦笑したKENNは、まるで、此処に来たのは俺が焦ったからではなく、KENN自身が足掻きたかったかのように言う。 「お前は、俺と寒田に何があったか聞かねえのな」 「椿ちゃんがいる以上、円満な関係じゃなかったんだろうなってぐらい。知ったら――関係ない俺が寒田を殴っちまうだろ?」 こいつなら、俺と一緒で言葉より先に手が出そうだな。 「まあ、そうか」 「追いかけたい方を追いかけろよ」 KENNはそう言うと、小さく呟いた。 「こんなに心を掻き乱されるなんざ、恋愛は面倒でうざったくてしかたないね」 と呟いた。 同感だ。 俺も誰にも聞こえないように呟いた。 面倒だ。 そいつを思うと心の平穏なんか訪れない。 笑顔一つ向けられるだけで、心が乱される。 たった一つの嘘が、心にヒビを作る。 ぽとりと落ちたインクのように広がっていく傷は、深い。 いっそ、出会わなければ良かったと、何度、思ったことか。 心を捉えて離さないんだ。 最初はただ、気になるとか。 人懐こい奴だとか、 家事を手伝ってくれる便利だとか。 それを恋の始まりだというのか。 笑顔を見たい、傍に居たい、 その体温に触れてみたい、 自分の気持ちを知って欲しい。 恋が心に広がって満たされていく。 お前が欲しい。 離れたくない。 大好きだから嘘を吐く。 大好きだから正面から向き合う。 たった一人になりたいから、その気持ちを紡いで、 ――それが愛になる。 無償の愛。 俺と寒田は時間をかけて、ゆっくりと恋が愛に代わって行く過程で――長いこと時間が止まってしまった。 長い時間の間に――、 一杯失って一杯壊れて、やっと今その信実に向かい合う事になっちまったんだな。 会いに行こうと思う。 18年ぶりのあの日の緑に。 上手にさよならを言う為に。

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