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八
お、おおおおお?
びっくりした。
まじでびっくりした。俺は映画の登場人物にでもなったのかと一瞬びっくりした。
こいつ、おっさんに何を言ってるのか分かってるのか?
興味はないけど、お前は一応、有名なミュージシャンなんじゃないのか?
いいのか? ホモだぞ。元からゲイかもしれないけど、そんなのが世間にばれたら――。
「脳内でぐちゃぐちゃになってない? ぐちゃぐちゃなら、俺が乱してやるけど?」
「お前、親父ギャグ寒いから」
「これはまじで、真剣に言うけども」
とっくに緑は出て行ったあとだろう。
もしかしたらもうそのまま仕事へむかったのかもしれない。
もう、俺達は完全に交わらなくて、昨日、払拭した思い出は、歩き出すのにはまだ辛い。
そんなにすぐにエンジンなんて掛らない。
「えっと、でもな、その――ちょっと待てよ?」
「追いかけたら縛ってでもベットから出さないつもりだった。もう、俺でいいんじゃないの? ――駄目?」
駄目?
でかくて、偉そうで、傲慢で、暴力的なKENNが、『駄目?』って可愛く聞いているんだけど!
すっげ面白い。ウケる。
ウケるけど、めちゃくちゃ愛しい。
「18年も後悔したくないから、じゃあ、言っとくか」
「言え言え」
「27年、一人にしてごめんな?」
野良猫の様にフラフラとしていたKENNに、そう笑いかけた。
「これからずっと一緒にいるか?」
「ああ。離さない」
苦笑したKENNは、それから照れたのかサングラスをかけた。
「謝るやつなんて初めてだよ。太陽」
「ぷ」
ちょっとだけKENNがガキっぽくて可愛かった。
本人もいざ俺が素直になったら戸惑ってやがる。
追いかけない。
酷い奴だと罵られても。
追いかけない。
どんなに緑が好きだったとしても。
ソレが俺の伝わらなくてもいい、至極最強の愛の形。
俺は祈るよ。
こんな性格の悪いおっさんじゃない。
緑を大切にしてくれる、性格の良い人と結ばれることを。
「おい、やっぱ涙が出るんだけど、ちょっと腕ぐらい貸さなねぇの?」
「ふざけるな。早く――俺だけ見ろって」
全然優しくない。
少なくても、緑とは違った、ちょっと歪んだクソ野郎が傍に居る。
だから、俺はもうお前を必死で嫌おうとしたり、もう嘘を吐かれてもきっと傷付かないんだろうと思う。
ヘタクソになった。
泣くのも、傷付くのも、嫌うのも、忘れるのも全部ヘタクソになった。
でもそれは、18年間、仕事と椿を生きがいにしていた時よりは人間らしい。
俺は元からそんな、不器用な奴だったはずだから。
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