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八
穏やかな朝を迎える。
KENNの腕の中、俺は――人の体温がある中平気で眠って、そしてその温もりより後で起きていた。
それが分かったのは、KENNが起きない俺を退かせなくて仕方なく小声で電話をしていたからだった。
「わーったよ。戻る。戻りゃあいいんだろ? ったく嫌になるな」
小声でもKENNが電話の向こうの相手に苛立っているのがよく分かる。
そうか。今日で帰るのか。
恋人ごっこしながら、この距離に慣れようと思っていたのに、もう帰るのか。
「アンタ、起きたのか?」
電話を切ると、ソファに乱暴に投げながら俺の方を見る。
「悪い。俺、お前にしがみ付いていたのか」
「まあね」
否定しないKENNは嫌だったわけではないらしい。
左腕にコアラの様に抱きついて眠っていた俺に、KENNが穏やかな顔で見ていたのが――何だか胸を締めつけられた。
「不安定なアンタと離れるのは嫌なんだけど、仕事が入っちまったんだ」
「仕事じゃしょうがねぇよ」
二日でこの夢も覚めるのかと思うと少しあっけない。
「アンタだけもう少しゆっくりしていっても良いんだけど、どうする?」
「ん。俺も帰る」
流石に椿が帰らないのなら、俺が家にいなければ色々と事務の仕事が溜まってしまう。
帰りたく、ない。
俺はまだ、こうして、夢の中でまどろんで居たかった。
せめて、KENNに伝えなければいけないことがある。
お前のその煙草を吸う仕草、甘えるのが下手な癖に、甘えて来ようとして上手に笑えない表情、
背中に付いた傷跡、強引に迫って来た癖に、一歩引いて俺の行動を待ってくれたその心。
ちゃんとお前がどんな奴か分かってたんだ。
お前が27年一人で居たのなら、明日からその隣に俺みたいな奴が居ても良いのだろうかと。
伝えないのに緑を傷つけて、お前の隣に居るのはいくら俺でも傲慢過ぎるから。
「そう言えば、さっき寝言で」
「ん?」
「『緑』って言ってよ、アンタ」
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