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約束は破るためにある3
カフェで涼さんと会ってから一時間。
大学生活に合わせて始めた独り暮らしのボロいアパートへと帰ってきたのは良いけど、あまりにもそこには似合わない人物の姿。
広くない部屋には最低限の物しか置いておらず、その中に世界で活躍するモデルが居るっていうこの状況に今でも戸惑ってしまう。
「えっと、涼さん何飲む?」
その戸惑いを隠すように声を掛けると、テレビを点けながら低い声が返ってきた。
「……コーヒー。甘いやつ。」
「お菓子もいる?」
「……チョコ。」
小さなソファに座り、まぁぶっちゃけ偉そうに座っているけれど。
俺様な態度の割りに実は甘党なんだよね、涼さん。
「この間貰った何とかってブランドのチョコ、涼さん食べるかもって取っておいて良かった。ちょっと待っててね、すぐ準備するから。」
「ん。けど、その前に。」
「……っ、」
こいこい、と指で呼ばれる。
たぶん俺の今の顔は赤いはずだ。
だって、何で呼ばれたかは分かっているもの。
「わっ!」
「……………」
腕を引っ張られバランスを崩したところを、細いようで実は力強い体に抱き止められた。
「……えっと、お帰りなさい。」
おずおずと広い背中に手を回せば、小さく聴こえてくる「…ただいま」という声。
長い腕が腰をガッシリ捕らえていて身動きとれない。
賑やかなコマーシャルの音に混ざるドキドキと煩い自分の鼓動。
うぅぅ、照れる。
こうして抱き締められるのは初めてなんかじゃなくて、大抵海外から戻ってきた時には暫くこうやって抱き締められる。
涼さん海外生活も長いからハグが挨拶なんだろうけれど、俺は海外どころか外国の友達も居ないような日本人だ。
こういうスキンシップはちょっと恥ずかしい。
それにこのハグの間、涼さんは何も言わない。
最初の頃はワケわかんなくてパニックになってたなぁ。
けれど、なんだか甘えられてるみたいで…最近じゃこの腕の中が心地よい、、、とか思っちゃってる自分がいる。
涼さんが知ったら怒るだろうから絶対言わないけど。
「…アイツ、なに?」
「え?アイツ?」
ビックリした。
喋った。
抱き締められたままボソッと呟かれた言葉に思わず体を離そうとすれば、ますます強まる腕。
なんだかいつもよりハグ長いなぁ…と思うんだけど、気のせいだろうか?
「さっきの、髪触ってたヤツ。」
「ああ、今田くんのことか。大学の友達、サークルも一緒なんだ。」
「……今田」
「うん、今田くん。って、それがどうかした?」
「……………別に。お前、俺以外でダチ居んだな。」
「そりゃいるよ……って、えぇえ!?」
思わず大きな声が出てしまう。
「うっせぇ、何だよ。」と少し怒ったような声がしたけど、そんなこと気にしてられない。
だって、今、嬉しすぎること言わなかった?
「ちょ、待って。涼さん。」
モゾモゾと体を動かし逞しい肩を押せば、やっと弱まる腕の力。
そのまま力が抜けたようにペタンと足元に座ると、憮然とした表情の涼さんと目が合った。
「ダチ?」
「あぁ?」
う、睨まれた。
怖い。
けどここで負けられない。
「俺、涼さんの友達?」
「………………」
嬉しくて顔が綻ぶ。
声もワクワクとしているのが自分でも分かった。
出会ってから1年半。
髪を伸ばせば…と約束してから、一度も『友達』だと言われたことはなかった。
初めて言ってくれた『ダチ』という言葉に、浮き足だっても仕方ないと思う。
「初めて友達って言ってくれた。すごく嬉しい。」
ニコニコと続ければ、フイッと顔を反らされてしまったけれど。
「…相変わらずおめでたい頭だな、あんた。」
呆れたような声。
それでも否定されないことに喜びは増すばかりだ。
「ふふ。よし、待ってて。美味しいコーヒー淹れるから!」
「……………」
勢いよく立ちあがり告げると、キッチンへと向かう。
足取りが軽い。
涼さん、約束通り友達になってくれた。
世界で活躍するようなすごい人なのに、俺なんかを認めてくれた。
その事実に鼻歌まで出そうだ。
「……って、違うな。俺のアホ。」
「ん?何か言った…っ!」
賑やかだったテレビの音が消え、ボソッと溢れた小さな呟き。
振り向いた時には、また広い胸に抱き込まれていたー。
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