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約束は破るためにある4
『俺の友達になって下さい!』
南条との出会いは今でも鮮明に覚えている。
初めてだった、あんな風に俺に近づいてきたヤツは。
モデルとして仕事が増えるほど、周りには面倒な人間が増えた。
チヤホヤされて悪い気はしなかったが、利用するか色目使うか商品価値を見定めるか…そういう目で見られることに疲れていた。
そんな時に出会ったこいつはキラキラしていて、バカみたいに真っ直ぐに見つめてくる瞳と嘘偽りのない態度にいつしか惹かれた。
腕の中に収まるその体を、いつまでも抱き締めていたいと願うようになった。
「俺、涼さんの友達?」
蕾が花開くようにフワリと浮かぶその微笑みに目を奪われる。
長い髪がサラリと流れる。
信じらんねぇ…まさかとは思うけど、気付いてないのか?
互いの連絡先知ってて、一緒にメシ食って、日本での休日はこのアパートに来てるってのに…
普通分かんだろ、自分の存在が俺の奥深くまで入り込んでいるってことに。
けど、南条らしいっちゃ南条らしいのか。
『この髪がもっと伸びたら、お前の言う『オトモダチ』になってやるよ』
あの日の約束を律儀に守って南条は髪を伸ばしてきた。
だから誤魔化すように呟いた『ダチ』って言葉にこんなにも反応を示す。
ほんと天然でバカみたいに純粋。
よほど嬉しいのか、鼻歌まで歌いかねないその様子に複雑な気持ちになった。
友達だと言われて嬉しい?
そんなもんか、あんたにとって俺の存在は。
そんな関係で満足できんのか?
キッチンに立つ後ろ姿を見つめる。
長く真っ直ぐに伸びた後ろ髪が、南条の動きに合わせて揺れる。
綺麗な髪だと思った。
だから伸ばせと言ったんだ。
そうしてこの1年半、会うたびに南条は変わっていった。
まだ幼さを残していた顔立ちはシャープになり、もともと色素の薄い髪が伸びるにつれてその容姿は人目を集めるものになっていった。
まるで水晶のようなその純粋さがそのまま表に出るかのように…綺麗になった。
けれどその変化が、こんな誤算を生む羽目になるなんて。
偶然見かけた光景に小さく舌打ちが溢れる。
馴れ馴れしく人のもんに触りやがって、思い出しただけでもムカつく。
大学の友人?
そんな風に思ってるのは南条だけだ。
あんな下心見え見えのあの態度に気付かないなんて、おめでたいにも程がある。
他人に触らせるな。
無防備に笑いかけるな。
真っ直ぐなその瞳も、男にしては華奢な体も、香水とは違うどこか甘い香りも…俺だけが知っていれば良い。
俺だけのもんでいれば良いのに…
「……って、違うな。俺のアホ。」
独占欲は人一倍あるくせに、変なプライドが邪魔して自分の気持ちを伝えて来なかった。
側にいて欲しい、俺だけを見ていて欲しいのなら、そんなプライドなんか捨てて…あの日の南条のように俺から行動すれば良いだけの話だ。
「ん?何か言った…っ!」
振り向く南条の体を抱き寄せる。
甘い香りが鼻腔を擽る。
「どうしたの?涼さん…」
戸惑ったような、けれどもどこか照れた声。
本当はあんたが名前を呼ぶだけで嬉しいなんて、そんなことを言ったら笑うのだろうか。
「『ダチ』なんかじゃねぇ。」
「え…」
頭に唇を寄せ囁けば一気に南条の声が曇る。
同時に硬直する体を強く抱き締めた。
「俺は南条のことを『友達』扱いしたことなんか、一度もねぇよ。」
だってこんなに愛しく思えるヤツ…『友達』とは言えないだろ?
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