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愛情の表現 十一
どれぐらいベンチに座っていただろうか。左側に流れていた俺の影が今は後ろへと移動している。携帯を見ると、二時間経ったぐらいだった。
こんな場所にずっといても仕方がないのに、俺はどうして動けなかったんだ。
あの人が誰なのか、直接涼さんに聞けばいいだけなのに。
「涼、待ちなさい」
「!?」
ホテルの方から、涼さんが一人でこちらへ歩いてくる。
気づかれないように噴水の裏へ回ると、涼さんが親しそうに笑っている声が聞こえてきた。
「そんなに貰えないって。俺と友達しかいないんだ」
「じゃあ、こっち。少し多めに受け取ってくれ」
「こんなにお金もいただけないって」
いただけない――。
ちらりと見ると、涼さんはスーツ姿の男から茶色い封筒を押し付けられていた。
「今日はホテルまで付き合わせたから」
「連絡したのは俺の方だし」
「……また会えるか」
「もちろん」
嬉しそうな、弾んだ声でその男に微笑んだ。
あの笑顔は俺だけに向けられたものじゃない。
当たり前なのに、心がざわついてくる。
「でも俺、こんなにお金、本当に」
「いいだろ。帰ったお前は友達に『奉仕』するんだ。その分も上乗せだ」
「奉仕って、……まあそうなのかな」
首を傾げつつ、何故か少し照れたような顔で涼さんはその封筒を受け取った。
涼さんは俺に気づかないままバス停に向う。
その男は、涼さんがバスに乗った後、少し手を振り、涼さんも嬉しそうに手を振っていた。
奉仕……。
俺が涼さんにキスしていたのは、涼さんが我慢していたから?
ホテルで二時間過ごしてあの人にお金を貰って、一体何をしていたんだろうか。
考えただけで頭が、嫉妬でおかしくなりそうだった。
こんな気持ち、――知らない。
見返りが欲しいわけじゃなかったけど、見返りがほしくて声をかけたわけじゃないけど、……こんな現実はあんまりだった。
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