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劣等感 五

冷水で頭を冷やして、彼の部屋へ向かう。 ただノックしようとしても、部屋の中から泣き声が聞こえてノックできなかった。 ドアの前で座り込んで、背中に彼の痛みを聞く。 廊下には、窓から見える赤い影が伸びだしていく。 茜色の空からやがて完全に闇に呑み込まれて、俺の身体も冷えていく。 伸びていた影も闇に溶け込んでいく。 それでも彼の嗚咽やしゃくり上げる声は止まない。 ただ俺はその声が小さくなっていくのを、廊下で確認するしかできなかった。 謝っても済む問題じゃない。 俺はあの人の、心の底にあるコンプレックスや劣等感を……一番触れてはいけない部分を滅茶苦茶に傷つけてしまったんだ。 どうしたらいいのか分からず、途方に暮れる。 許してくれなくても良いから、傷つけてしまった心の手当てをしてほしい。 泣き止んでほしい。 ご飯を準備しながらも、吐きそうになるほど自分の行動に嫌悪した。 結局、勇気が出ないまま。 朝方までソファに座ってうとうとしている時に、小さくカタンとドアの開く音がした。 「涼さん!?」 「……ごめん。喉が渇いちゃって」 髪で目を隠しながら歩いてくる涼さんにコップを渡そうと立ち上がると、後ろへ退かれた。 「……自分でします」 目線も合わせず、横に逸らされた顔。 申し訳なさそうに冷蔵庫の前で、お茶を飲もうとしていたがすぐに冷蔵庫を閉めて水道水をコップに注ぎだした。 「……すぐ腫れちゃうから、泣かないようにしてたんだけど、今日は仕事無理みたい」 水を飲みながら耳に髪をかける。 すると一晩泣きはらした目は、ウサギのように真っ赤で、瞼もパンパンに腫れあがっている。 「うまく目が開かないんだ。ごめんね。無理して雇ってくれたのに、ずる休みしちゃうけど」 「タオル、タオルであたためて。今日はいい。――今日はいいから」 「……ん」 痛々しい姿に、それを言うしかできない。 やんわりと涼さんから拒絶されているオーラが感じ取れる。 水で濡らして、電子レンジで温めたタオルを渡しても、彼の視線は床に向けられていた。 「……涼さん、俺、昨日はどうかしていたんだ。傷つけたくなかった」 「……うん。分かってるよ。朝登くんは優しいからね。それに雇われている俺が君のことをどうこう言える権利はないよ」 「涼さん!」

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