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第一歩。 五
「今日のディナーのコースは何にするの?」
クリームを鼻につけた涼さんに言われて、まだ外に出していない看板を指さす。
鼻にクリームというあざといことをして許される28歳は、世界中探しても涼さんだけだろう。
無言で鼻から生クリームを掬いあげ、口に放り込む。
ちょっと甘すぎたかもしれない。
というか。
「今日の仕込みはほとんど終わってるんで、涼さんは上で寝てていいですよ。夜ご飯は、ランチの残りでグラタン作ってます」
「え……でも」
「いいから。今日はもう帰って寝ててください」
「うーん。これ、食べたらね」
笑って誤魔化したけど、どこかホッとしている様子だった。さきほど見逃していたけど、入ってきた瞬間様子がおかしかったのはこれだ。
ほんのり熱かった気がする。
もしかしたらきついのかもしれない。
「お前らはお代は、今日は涼さんに免じてなしでいい。帰れ。今すぐ帰れ。とっとと帰れ」
とっくに紅茶もケーキも食べ終わっていた二人を半ば強引に外まで見送る。
二人は涼さんには見せないようなすごんだ目で俺を睨んだが、こちらも引かない。
店のドアを閉め、あの人に聞こえないようにしてから二人に財布からお札を渡す。
「悪いんだけど、そこの薬局で風邪薬買ってきて」
「え? 店長風邪ひいてんの?」
「いや、俺じゃなくて、体調悪そうだろ、あの人」
「うっそ」
「買ったら、お釣りは良いからお前らからって言って渡せ」
俺からとかいうと遠慮しそうだし。
こっそり治したいのかもしれないし。
「あー愛だね」
「愛だ。やっば。私、店長と戦える自信ないわ」
「仕方ないね。生ボーイズラブのために買いに行くか」
二人はなんだかんだ俺をからかいつつも素直に買ってくれていた。
二人が買ってきたのを見て、さり気なく看板を外に出して、聞かないように気を付ける。
外から中を覗くと、驚いた顔の涼さんが嬉しそうに何度も頭を下げていた。
良かった。俺の勘は当たったようだ。
薬をポケットに隠したのを見てから中に入る。
ニヤニヤしている二人に「邪魔だ」と冷たく言ってから、涼さんにも「上に戻れ」と言う。
もう少し涼さんの負担にならないような言葉を見つけられたらいいのに、これだから自分のこの不器用さが嫌いだった。
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