65 / 152

第一歩。 七

「え……」 目を開けると、目の前に朝登くんの顔があった。 時計を見上げると、とっくに閉店時間だ。 「あれ、寝てた?」 一瞬目を閉じたつもりだったのに、いつの間にこんなに寝てたんだ。 「部屋まで連れて行きますよ。いいですか」 「や、自分で行く、です」 起き上がったら、くらりと立ち眩みがした。 だけど問題ない。空間の問題は得意なんだ。立ち眩みで目の前が真っ暗でも、柱に頭をぶつけたりはしない。 「いいから、大人しく」 てっきりお姫様抱っこされるかと思ったのに、背中に抱えられると部屋に連行された。 米俵みたいな扱いに、変な期待をしていた自分が恥ずかしくなる。 「涼さんは、長男だけあって、変なところで甘え下手ですよね」 「……そう?」 職場では長男に見えないって、常に子ども扱いだったのに。 「その熱は、悪いものではないです。ホッとしたら出ちゃうものでしょうから、いいんですよ」 布団に寝かされたら、市販の氷枕を持ってきて、冷却シートも額に貼ってくれた。 「頑張ってきた涼さんに、身体が休めって言ってるんですから、休めばいいんです」 「……うん。ありがとう」 お礼を言ったら、朝登くんは一瞬辛そうな顔をして視線を逸らした。 「朝登くん?」 「なんか、ムラムラしたので帰ります」 「え、朝登くん?」 「俺、ソファで寝るから、何かあったらメールか名前呼んで。駆けつける」 三階に上がらず、二階で待機してくれる。 そんな優しい彼に、俺が辛い顔をさせてしまった理由はなんだろか。

ともだちにシェアしよう!