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第一歩。 七
「え……」
目を開けると、目の前に朝登くんの顔があった。
時計を見上げると、とっくに閉店時間だ。
「あれ、寝てた?」
一瞬目を閉じたつもりだったのに、いつの間にこんなに寝てたんだ。
「部屋まで連れて行きますよ。いいですか」
「や、自分で行く、です」
起き上がったら、くらりと立ち眩みがした。
だけど問題ない。空間の問題は得意なんだ。立ち眩みで目の前が真っ暗でも、柱に頭をぶつけたりはしない。
「いいから、大人しく」
てっきりお姫様抱っこされるかと思ったのに、背中に抱えられると部屋に連行された。
米俵みたいな扱いに、変な期待をしていた自分が恥ずかしくなる。
「涼さんは、長男だけあって、変なところで甘え下手ですよね」
「……そう?」
職場では長男に見えないって、常に子ども扱いだったのに。
「その熱は、悪いものではないです。ホッとしたら出ちゃうものでしょうから、いいんですよ」
布団に寝かされたら、市販の氷枕を持ってきて、冷却シートも額に貼ってくれた。
「頑張ってきた涼さんに、身体が休めって言ってるんですから、休めばいいんです」
「……うん。ありがとう」
お礼を言ったら、朝登くんは一瞬辛そうな顔をして視線を逸らした。
「朝登くん?」
「なんか、ムラムラしたので帰ります」
「え、朝登くん?」
「俺、ソファで寝るから、何かあったらメールか名前呼んで。駆けつける」
三階に上がらず、二階で待機してくれる。
そんな優しい彼に、俺が辛い顔をさせてしまった理由はなんだろか。
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