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第一歩。 十六
空が茜色に染まり、遠くで烏の声がする。
ベランダで、近くのコンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、朝登くんのレストランが、ある方向を見てため息が出る。
もうすぐディナーの時間だ。
今から帰ったら、忙しい時間には間に合うかもしれない。
「あーうー」
「寧々ちゃーん」
なのに背中に抱っこしている寧々ちゃんが、髪を引っ張りながら、元気いっぱいに遊んでアピールをしてくる。
全然眠ってくれないし、確かにこの子なら夜泣きも酷そうだ。
兄ちゃんはぐっすり眠っていて起きる気配はない。
お姉さんも咳き込む声はするけど、起きそうにない。
雑炊を作って、雑炊の材料で離乳食作ったら朝登くんにメールしよう。
ディナー前だから、忙しいだろうからメールしよう。
「……」
寧々ちゃんに髪を引っ張られながらも、たった一日だけなのに朝登くんと離れるのが新鮮で落ち着かなかった。
俺はいつまで、あの家に帰って許されるだろうか。
朝登くんの優しさに甘えて、ずっと見ないふりして一緒に住むのは、いけないことだろう。
一緒に居たいな。洗濯の畳み方にうるさかったり、洗ったお皿をすぐ綺麗に拭いて戸棚に治したり、俺がテレビ見ながら寝たらお布団に連れて行ってくれる几帳面な朝登くん。
言葉を伝えるのは不器用なのに、作る料理は繊細で……俺に触れる時も戸惑って恐る恐る。
顔が怖いってコンプレックスだったみたいだけど、料理をしてる時の鋭い瞳が格好良かったよ。
ピピーっと二回目の洗濯機の終わりの合図とともに、ぐちゃぐちゃに考えてしまったその思考も仕舞って、目の前の仕事へ戻った。
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