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第3話
【朝陽No2】
5年ぶりに寺の門をくぐった。記憶の中と変わらない美しく整えられた庭を通り、掃き清められた玄関先で呼び鈴を押す。
「ごめんください、一之瀬建設です」
奥から恵果さんのお父さんが出てきて迎えてくれる。
「おお、朝陽くん、立派になって。よく来たね、そんな他人行儀な挨拶はいらないから、ちょっと上がっていきなさい」
恵果さんの姿はない。出かけているのか、俺が来たから出てこないのか。
「先日戻りまして、父の元で働く事になりました。今後ともどうぞよろしくおねがいします。こちらの工事でまたお邪魔することが多くなるかと思います」
「そうか、そうか。私はいない事もあるから細かいことは恵果に任せてあるんだよ。朝陽くんとは年も近いから話しやすいだろう。あれも奥にいるから話でもして行きなさい」
「…はい」
何も知らない老住職は簡単に恵果さんの名前を口にする。
もう忘れようとしたのに、何をしても恵果さんに繋がってしまう日を過ごしてきた5年間。
会える嬉しさと、今あの人が自分のことをどう思っているのだろうかという漠然とした不安がある。
歩きなれた廊下を通っていると奥で何かが割れる音と、恵果さんの短い悲鳴が聞こえた。
急いで声の方に行くと辺り一面に何かが割れた破片が散らばり、俺に気付いていない恵果さんがしゃがんで手を伸ばしていた。
「危ないです!」思わず手を掴んで止めた。
こちら向いた顔には、驚きと困惑の表情が浮かんでいた。視線が一瞬泳ぎ、再び絡む。
「あっ、朝陽...さん」
震える唇から自分の名前が聞こえた時全てが戻った気がして、手を引き寄せて抱きしめた。腕の中で緊張しているのが伝わってくる。
(まだ駄目なのだろうか、まだ許してもらえてないのだろうか)
あの時より華奢に感じる身体、変わったのはこの人ではなく身長が伸びた俺の方かもしれない。
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