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第5話

【朝陽No.3 】 あの時の男だとすぐにわかった。躊躇いもなく、外出中の恵果さんの部屋に入って行く。 雲水がお茶を出しに来たので「見かけない方ですね。遠くからのお客様ですか?」と尋ねると、あっさりと名前まで教えてくれた。 「ああ、渡辺住職ですか?恵果さんの大学の時のお友達だそうで、よく遊びにいらっしゃいます」 「あの方も僧職なのですか?」 「ええ、隣の県の安上寺の方ですよ」 聞き覚えのある名前なので大きな寺なのだろう。 「今日は恵果さんが戻ってから打ち合わせだと思っていたのですが、あの方がいらっしゃったという事は、私は日にちを間違えてしまったようですね」 そんなはずは無いと思いながら雲水に告げると、何の含意もなさそうな笑顔で「いえ、あの方はいつも気まぐれにいらっしゃるのですよ。よっぽど仲がよろしんでしょうね」と返された。 昔請け負った時の図面と突き合わせての敷地の調査を手早く済ませ、心を決めて目的の部屋の襖の前に立った。 引き手に指を掛けて一呼吸置き「失礼します」と声を掛けて開けた。 5年前と同じ顔、向こうは俺を覚えているだろうか?今と同じように乗り込んできた高校生の俺を。 ぼんやりとした顔でこちらを見る目がはっと見開かれた。 「お前、あの時の…」 「また来ているとは思いませんでしたが、恵果さんを待っているんですか?」 あからさまに敵意を見せるこの男と恵果さんがまだ会っているのかと思うと腹の底が暗く熱くなる。 「恵果と約束したわけじゃ無いけど胸騒ぎがしてな。また小煩いハエがうろつき出したら、追い払いにも来るさ」 「生憎ですがたやすく追い払われるつもりはありませんし、あなたこそご自分のお家の事を…ああ、お寺でしたっけ?」 そう言う間に男の顔はみるみる歪み、紅潮してゆく。 「雲水に聞いたところ随分勝手に出入りされているようですね」 「…!お前っ…」 立ち上がってこちらに掴みかかって来るのを避けずに、したい様にさせてやる。こんな男だ、どうせ大した事は出来まい。 掴みかかってきた男を見下ろしながら「平常心是道、って僧職の方に言うまでもありませんよね」と言えば怒りの表情が緩み、急ににやりと笑った。 襟を掴んでいた手が離れ、掌でこちらの胸を突いてきた。重心を後ろに移動させて躱すと不愉快そうな顔で笑い声を上げた。 「はは!さすが総代の息子だな。よくお勉強されているようで」 「ご住職(あなた)程ではありませんが、俺も煩悩に惑わされつつ日々の仕事に努めてます。今日は恵果さんと打ち合わせの約束があるので、お引き取り願います」 「あいつはお前だけで満足する様な奴じゃないぞ。だから俺を拒み切れないんだ。恵果に何を言われてるのか知らないが、せいぜい一人でのぼせ上がってる事だな」 ひたすら不愉快なのを我慢して帰るように促すと、5年前と同じように舌打ちをして去って行った。

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