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第7話

【朝陽No.4】 男の帰った部屋を見まわすと、記憶にある夏のしつらえに懐かしさを覚えた。 皮肉な事に、あの男をきっかけに幸せな記憶がずるずると引き出される。 この部屋で見た表情や仕草の一つ一つまでも鮮明に脳裏に浮かんで、それが痛い程胸を締め付けた。 当時の恵果さんの面影を追って付き合った雲英は矢張り恵果さんとは違う。先日五年ぶりに会ってそれを痛感した。 まだ薄温かい体温の残る座布団を持ち上げて軽くはたいて脇にやり、別のを自分用に敷いた。 胡坐をかいて座ったところで、建物の一番奥にあるこの部屋に向かってくる人の気配がした。襖の向こうで立ち止まり一瞬間をおいて姿を見せたのは恵果さんだった。 何処か困惑したような表情が隠し切れていないのは、もしかしたらあの男と会ったからだろうか。 「朝陽...さん、こんにちは」 「こんにちは、おじゃましてます」 正座しようと片膝を立てたところで 「座ってて下さい…打ち合わせですよね?」と言われた。 「はい、先ほど下見は済ませたので簡単に打ち合わせしたいと思いまして」 それを聞いて恵果さんはほっとした様子で部屋の隅に置いてある急須を手に取ろうとした。 「戻ったばかりでお疲れでしょう。俺が淹れますので、どうぞ座ってください」 と伝えると、ためらいながらも座布団を引っ張ってきて静かに座る。 その様子が、年上なのに妙に可愛らしい。そんな事に気を取られていたら、うっかり茶葉をこぼしてしまった。 「あっ…しまった」 小さな笑い声が聞こえ、振り返ると恵果さんが子供のように肩を震わせて笑っていた。 机を挟んで恵果さんと向かい合って座ると、今更ながらここに帰ってきた実感が湧き、体の隅々まで甘い気持ちで満たされてゆく。 しかし打ち合わせの最中恵果さんはずっと上の空だった。頷いてはくれるし返事もしてくれるのだが始終他の事に気を取られている。 簡単な確認とはいえ聞いてもらう必要はあるので名前を呼んで注意を促すと、はっとした後気が抜けたような笑顔を見せた。それは気を許してくれているから、というよりは何かを誤魔化している様だ。 あの男に外で会ったとして、何か話したのだろうか。俺が帰ってきている事を知られたくないのだろうか。さもしい猜疑心が心の中で渦巻くけれど、「そうだ」という答えを聞くのが怖くて問えない。 話が終ると恵果さんは急かす様に図面を一方的に閉じ、ほっとした表情になった。もう何も言葉を続けられなくなる。 「では失礼します」という俺の言葉に頷いたきり黙ったまま玄関先までついて来て、見送られた。

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