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第13話

【朝陽No.7】 「先程、朝陽さんに会う前に寺の門の所にいて少しお話をしました」 どこで知ったのか分からないけれど、矢張り恵果さんに会うために来たのだ。 もう別れた相手だ。これ以上会うつもりも連絡する気もない。 「雲英は…もうただの友人です。何を聞いたのですか?」 俺の言葉に、恵果さんはかぶりを振った。 「なぜ、私に嘘をつくのですか?彼は恋人と言いました、あんな道端で...口付けも交わしてたのに...」 荒い語気に気圧されそうになる。 「あれは…最後にと思い…もう彼に対する気持ちはありません」 そもそも好きですらなかったのだから。 「朝陽さん、貴方の言葉をどう信じればいいかわかりません」 俺よりも、雲英の言葉を信じるとこの人は言うのか。 「恵果さん!俺が雲英と付き合ったのは…、彼とは大学にいた時だけです。こっちに来る時に別れています」 あなたに似ている、ただそれだけの理由で近づいた相手なのに。 「雲英さんは、私に貴方を〝帰して〟と、仰ってた...あちらの世界へ帰った方がいいのでは無いですか?」 雲英、という名前を口にするごとに恵果さんの瞳に強い光が宿ってゆく。あちらの世界? そんなもの、あるわけがない。 いつか戻ることは分かっていた、だから向こうにいる間にもう忘れようと足掻いたのに。 あの5年間は、恵果さんに会った瞬間意味のないものになった。 「あなたは、俺が帰ってきた理由を本当に分かっていないのですか?どうして大規模プロジェクトに入れてもらえる機会を蹴って親父の会社に戻ってきたのか」 改めて視線を合わせれば、今度は逸らすことなくこちらを見つめてきた。 「わかる訳ないじゃないですか!」 強い口調なのに、何処か拗ねたような声色だった。分かっているに決まっている、そうでなければ雲英の事をこんなに気にする訳がない。 「…本当に?」 手を取った途端、ふわっと身体の温度が変わった気がした。 「っ...わか、りたくありません...」 むずかる様に首を振る恵果さんの目には、さっきとは違う甘い気配が浮かんでいる。 顔を近づけても恵果さんは逃げない。目を潤ませながら、怒りと嫉妬と欲望に駆られているその顔をずっと見ていたい。 「俺はもう大人です、欲しいものは自分で取りに行く事にしたんです」 「ほ、欲しいって...」 分かっているくせに、あなたはとうに大人なのだと思っていたけれど…それとも俺が追い付いたのだろうか?

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