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第15話
【朝陽No. 8】
俺の言葉を無かったことにして、替えの着物を取る様に頼まれた。
まだ、いや、またこうやって拒絶されるのか。
一瞬感じた高揚感は霧散して、そこにはもう凛とした背中しかなかった。
箪笥から適当に見繕って持って行き、後ろから薄い肩に肌襦袢をそっと掛けた。
手を浮かそうと思った時、恵果さんの掌が重ねられた。
「欲しいなどと、簡単に言うものではありません...」
そんな言葉とは裏腹に重ねられた掌はうっすらと汗ばんでいて、心を絡め取られそうになる。気持ちに任せて、抱かれるのを待っているかのような肩を後ろから抱きしめて呟いた。
「あなたは、欲しくないんですか?」
今掛けた襦袢をそのままはぎ取りたい衝動を抑えて腕に力を込めると、恵果さんの身体からふっと力が抜けた。
「私は...」
そこで言葉は途切れたままぼんやりとこちらに凭れかかってきた。少し上気した頬に唇を寄せてゆく。
恵果さんの唇まで辿りつかないうちにやんわりと頬を撫でられた。
「私は...貴方を欲しがってると思いますか?」
身体を反転させて、腕の中に納まったまま頬を撫でてくる指先がこの上なく淫靡に感じるのは、その問いのせいだ。
甘い空気にのまれながら顔を動かして指先を咥えようとしたが、ついと逃げられた。
「欲しい…、何も言わずに指先だけで俺を誘ってくるあなたが欲しい」
少し湿ったやわらかな指先が唇に触れている。顔を傾けて口を薄く開くと、濡れた瞳と視線が絡み合った。
艶やかに紅く色づいた唇の代わりに、口の中に挿し入れられた人差し指の腹を舌先で撫ぜた。付け根から先端まで、細い指を咥内に入れて舌でひたすら舐めてゆく。何度も繰り返してゆくうちに、しっかりと閉じていた恵果さんの口元が緩み、微かな吐息が聞こえた。
唇で唾液を拭いながら指を抜いた。
「指…の次はどこですか?」
熱に浮かされたような瞳が俺を見つめる。恵果さんの口から出たのは挑発の言葉。
「今の貴方なら、わかるでしょう?」
やわやわと唇に触れる指。
「分かりません、あなたは俺をどうしたいのか教えて下さい」
喉元に生暖かい感触があった。じわりと腰がとろける。柔らかいものは顎先を辿り、上ってくる。
「口を...吸ってくれますか?」
眼前でこちらを見上げる瞳が期待に揺れている。
あなたは覚えているだろうか、俺が初めて口付けた日を。
「では恵果さん、あなたの舌を下さい」
その言葉に一瞬目を見開いた後、艶然と微笑む。
ああ、矢張り欲している時のあなたが一番美しい。
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