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第16話
【恵果No9】
舌を望まれ私は舌先を朝陽さんの唇に滑らせた。
唇を辿り、さっき指でやった動きと同じ様に舌を動かす。
すると、待っていたかのように口が薄く開かれた。
その隙間を縫うように舌を滑り込ませれば、驚いたように体が震えたのを感じてゆっくりと肉厚の舌を絡めとる。
そこからは朝陽さんの主導権で私は舐られていく。
今も昔も、変わらずいてくれる口付けに悦びが込み上げてくる。
ふとそんな事を思い浮かべるくらいには心に余裕があったはずなのに、絡め取られた深い口付けに、我を一瞬で奪い取られた。
行為に没頭し始めた時、パタパタと廊下を走る足音が聞こえて、思わず朝陽さんを押してしまった。
名残惜しいなど、今の私は思ってはならない...なのにもう一度と、追いそうになり慌てて背を向けた。
羽織られた襦袢を着込んでいると、腰紐を渡され受け取って黙々と着ることに専念する。
恐らく雲水は通りかかっただけで、私に焦る必要は無いはずなのに慌ててしまう。
「どうぞ」と、声が掛けられて着込むと何ともぎこちない雰囲気が2人を包んでる気がした。
「...あ、ありがとうございます」
そう、伝えてあの腕に戻りたい気持ちを堪えた。
ぎこちなさは、体を固くしてどうしていいか分からずに、背を向けたままで腰紐を直すふりをしていた。
その時ふんわりと背中を暖かい体で覆われ、ビクリ...と体が驚いたがすぐに離れて行った。
「今日はこれで失礼します。雲英の事は…ちゃんとします」
そう、私に言い残し部屋を出た朝陽さんを追わずに自分の中の荒れ狂う嫉妬を納めよと自分の体を強く抱き締めた。
もう、あの人の口から...雲英の名を聞くだけで狂いそうになるのを...あなたは知らない。
薄汚れた私をこんなにも思い続けてくれる。
嬉しい嬉しいと心がはしゃいでいるのさえわかってしまう。
あんな酷い別れを...朝陽さんはどう受け止めていたのか。
私の想いは少しでも、彼に伝わったのだろうか。
沢山の感情が犇めき合う中、私はこのままではいけないと感じた。
脩慈 さん、彼の存在が私に重くのしかかる。
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