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第17話

【朝陽 No. 9】 舌先が唇を開いて咥内に侵入する。その感触に引きずり出される衝動に身震いした。 はやる気持ちを押さえ絡みついてきた恵果さんの舌を吸い、今度はこちらから求めてゆく。 焦らす様に口蓋をなぞれば、恵果さんが物欲しそうに眉をひそめる。 なんて顔をしてるんですか。そんなに俺が欲しいですか? 要求に応じるように舌を深く絡め肌襦袢の下の肌に手を滑らそうとした時、遠くで落ち着きのない足音がした。 その音に反応して腕の中で身じろぎした恵果さんに強く肩を押されて身体を離した。 二人の唇の間にできた細い糸は、キスの余韻を否定するかのようにすぐに途切れた。 あの雲水だろうか。足音はすぐに遠ざかったけれど、恵果さんは口元を拭い襦袢の袖に腕を通して立ち上がった。 こちらに背を向けて前を掻き合わせているので、腰紐を手渡すと黙って受け取ってくれた。 「袖をどうぞ」というと、振り向いて襦袢の袖口を摘まんで腕を少し背側に寄越す。先程箪笥から出した着物を広げて着せると、黙々と整えて帯を結んだ。 「ありがとうございます」 視線を合わせることなく告げられた礼が帰宅を促してくる。 近づいたと思えば拒絶される。でも、もうそんな事はどうでもいい。時間はある、ずっとこの人の近くにいる事が出来るのだから。 何かを待っているように見えた背中を抱きしめたけれど、恵果さんは身を固くしただけで何も言わなかった。 「今日はこれで失礼します。雲英の事は…ちゃんとします」 それだけ告げて部屋を辞去した。 *** 玄関から出ると、件の雲水が忙しなく小走りで門に向かって行った。追い抜きざまに「一之瀬さん、お疲れ様です!」と声を掛けられた。軽く会釈をすると、にへらと笑った。悪意のない人間の方がたちがわるいが 一度会社に戻るために車を走らせながら、今あったことを噛みしめた。もう会わない、もうあきらめようと思っていた事が嘘の様だ。 恵果さんは変わっていない。清濁入り混じるあの人の事が今更ながら愛しくてたまらない。 そしてその幸せにかまけて雲英の事を軽く見過ぎていたのかもしれない。

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