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第19話
【朝陽 No. 10】
もう会う気もないし、こちらにも来ないように伝えようと雲英に何度か電話したが、いつも留守電に切り替わるばかりだった。
地元に帰ってからの生活はバタバタしていた。会社での仕事に加え、父親の代理としての町内の付き合いもあり暫くは寺に寄る事もままならなかった。
それに加えて経験も資格も不十分な状態で戻ってきた自分を疎む人が指導担当になった為、煩雑な仕事が増えて恵果さんに会う時間もなかなか確保できなかった。
「あの、これ指示と数が違うんですけれどどういうことですか?」
入ったばかりだし、父の会社だから態度に気を付けようと思っていたが、下らない嫌がらせにいい加減腹が立って出た言葉だった。
「あれ?そうだった?」
白々しく言うが口元が笑っている。
「打ち合わせの時伝えました。信用問題になります」
「ふうん、そうか。ゆくゆくはお前の会社だからポカがあると困るよな。まあ、その前に早く一人前になってくれよ」
どこまでも嫌味を通す相手に思わず言った。
「俺はまだ一人前でもないし、足手まといでしょうが打ち合わせの議事録はちゃんと取ってます。施主と確認したのに間違った図面を引いて信用を無くすのは会社ではなくあなたです」
不愉快そうに睨んできたが、いちいち相手をするのも煩わしい。
「俺の方で修正するので、後で確認してください」
こんな時、恵果さんに会いたい。何も話さなくてもいい、ただ黙って窓の外を見ながら傍にいて欲しい。
ある日現場確認を終えて帰社すると、入電メモが机にあった。
『草善寺 要返電(終日在宅) 工事について確認したいこと有』
恵果さんだ。その名前を思い浮かべただけで胸が締め付けられた。仕事の確認だろうが、会えることが無性に嬉しい。
返電とあったが在宅の文字を見て寺に行く事にした。
「客先に行ってきます。直帰でもいいですか?」
直ぐに上長に許可を貰い、書類をまとめて会社を出た。
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