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第21話

【朝陽 No. 11】 寺に着き、電話で近くまで来ている事を告げた。恵果さんは少し驚いた様子だったけれど、寄るようにと言ってくれた。 今の進捗を頭の中で確認しながら玄関で呼び鈴を押そうとしたら、玄関がすぐに開いた。 そこにいた恵果さんの柔らかくほどけるような微笑みを見て、こちらもつられて笑顔になる。 「こんにちは、直接お話した方が早いかと思い」 「どうぞ、上がってください」 黙ったまま磨き上げられた寺の廊下を歩いて行く。寺の一番奥の恵果さんの私室は必要最小限のものしか置かれておらず、静けさが際立っていた。 進捗と今後の予定を簡単に説明したけれど、恵果さんは特に何か気になっていた様でもなかった。どこか上の空で、髪を括ろうとしたり、紐を落ち着かな気にいじっているのが微笑ましいが、さっき出してもらったお茶がこぼれないかとハラハラする。 その上言いたい事があるのかこちらをちらりと見ては目を逸らしてくる。 「最近お会いしていませんでしたが、変わった事はありませんか?」 近況を聞いただけのつもりが、恵果さんは意外な程驚いた。その拍子に湯呑を倒しお茶がこぼれる。 慌てて拭くものを探しに立った背中を目で追い、近くにあった携帯にお茶が及ばない様ポケットからハンカチを出してさっとふき取った。 その瞬間携帯が鳴動した。恵果さんに手渡そうと持ち上げた時目に入った番号は見覚えのあるものだった。 (雲英…) 携帯を持ちながらどうしようか考えていると、足音が聞こえて恵果さんが襖を開けた。 「朝陽さんっ、私のですよね!」 焦って携帯に伸びてくる手を制し、黙っているように目で訴える。 「俺が、でます。いいですね?」 困惑しながらも恵果さんは止めなかった。 通話を押すと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「ああ、出た。今日は出てくれるんだ」 記憶にあるより上擦った声で、雲英が一方的に捲し立ててきた。 「ねぇ、あんたいい加減分かんないのかな?そんなところに朝陽を縛り付けて、自分の事しか考えてないんだろ!みっともないと思わない?いい年して年下の男をくわえ込んで…」 「もういい、もう十分だ、雲英。その辺でやめろ」 馬鹿な奴、でも自分の中の思いを誤魔化すために何かを雲英に押し付けたのは自分なのだ。 「俺がこっちに戻ったのは自分の意思だ。雲英、お前と過ごした時間は返せないけど、俺を罵って済むんならいくらでも聞く。そのためなら今からでも会いに行く。だからここにはもう電話するな」 電話の向こうからは、微かな息遣いしか聞こえなかった。 「一方的に出て行って悪かった、ちゃんと謝りに行くから」それだけ言って通話を終えた。恵果さんに携帯を差し出し、座り直してから頭を下げた。 「ご迷惑をおかけしてすいません」

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