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第26話

【朝陽No. 13】 帰宅してシャワーを浴びて仮眠をとり、数時間後に車で寺に向かった。うっすら明るくなり始めた早朝、恵果さんはいつも通り寺の前の道を掃き清めていた。 涼しい空気に微かな朝咲(あさざ)きの花の香りが漂っている。 髪を後ろに束ねて凛とした様子で箒を動かしていたけれど、こちらに気が付き挨拶がてら車のところまで小走りで来てくれた。 「お出かけですか?」 「はい、出社前にお伝えしようと思って。昨日雲英に会ってきました」 車を降りながらそう伝えると、恵果さんの表情が曇った。 「そう、ですか...」 俯きかけた顔にそっと触れると、一瞬こちらを見上げ、ついと目を逸らされた。あれだけ酷い言葉を投げつけられたのだから雲英の名前を聞くだけで不安になるのだろう。その気持ちを払拭しようと、箒を握りしめたまま立っている恵果さんの背中に腕を回して抱き締めた。しっとりとした艶やかな髪が頬に当たる。 「ちゃんと片づけてきました。もう電話もしないと言っていたので安心して下さい」 「ぁ、はい...ありがとうございます」 言葉の意味を咀嚼してるかのように、躊躇いがちな口調で言葉が返ってきた。 やがて納得したのか、恵果さんは小さく息を吐いて身体の力を抜き、肩に頭を預けてくれた。甘えるように肩に凭れている頭に頬を擦り寄せると、腕の中でもぞもぞと動き片腕が背中に回された。 「朝陽さん...ありがとうございます」 陽が当たり始め、涼やかだった朝の空気を温めてゆく。 *** そのまま会社に向かい、担当している工事の建築確認申請をまとめた。昼時を避けて役所に行くため社内で時間調整をしている時、ふと恵果さんの部屋で会ったあの男の事を思い出した。 何といったっけ?安上寺の渡辺、だったはず。会った時に俺を見た険しい視線を思い出す。あの男も付き合っていた時は俺と同じように恵果さんを愛していたのだろう。そして別れた後もなお、他の男の気配がある度に邪魔をしているのだろうか。 検索をするとすぐに寺のウェブサイトが見つかった。かなり由緒ある大きな寺の様で、恵果さんの部屋で見た醜態からは、人前で経を上げている姿など想像できなかった。 何故、恵果さんはあの男を拒絶しないのだろうか?男の言う通り、求められると拒めないのだろうか。そんな事を考え始めると、あの二人の関係が気になってもやもやしてきた。 雲英との事で揺れていた恵果さんの気持ちが、今少し分かった。

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