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第28話

【朝陽 No. 14】 忙しい日はまだしばらく続いていた。 「おい、ちょっと遠い所の仕事が入った。お前行って来い」 指導担当の社員が面倒くさそうに書類をかき集めてこちらに寄越してきた。 遠いと言っても隣の県だ。 打ち合わせを終わった後、ふと思いついて安上寺の方へ車を向けた。あの男に会おうとまでは思っていなかったが、前の道をゆっくりと走っていると正面から歩いてきた見覚えのある男がこちらに気が付いた。 ゆっくりと停車して窓を開けると、男は忌々しそうに顔を歪ませて言った。 「こんなところまで来て、随分暇そうだな。元の恋人の面倒でも見たらどうだ?」 「元恋人?何の話ですか?」 「ふん、雲英に聞けよ。あとな、お前はもう恵果に近づくな、目障りなんだよ!」 小声だが怒気を含んだ捨て台詞を残して早足で寺の方に去って行った。 なぜ雲英の事を知っているのだろう? 嫌な想像しかできない。 恵果さんから聞く以外彼がその名を知る可能性はなかった。 *** どういう状況なのか分からないまま、自分だけが取り残されている気がする。 急いで恵果さんの番号を鳴らしたが、呼び出し音が続くばかりでなかなか出てくれない。 何回目かの掛け直しの後、ようやく声を聞く事が出来た。 「恵果さん、やっと繋がった。朝陽です。あの後雲英からまた電話はありませんでしたか?」 「電話が?...何故ですか?」 警戒した声で答えが返ってくる。俺にそんな声で話す理由は、元恋人のせいなのか。 「何故って、あの…どうして俺に言わずにあの人に…」 先日気付いたのも偶然だった、そんなに俺は頼りないのだろうか。雲英との事は俺と恵果さんの問題の筈なのに あの男に言う理由は?身勝手かもしれないが、頼ってもらえないもどかしさが怒りに似た感情を呼び起こす。 「その事は電話で話すには長くなるので、来てくれませんか?もしくは私が伺います」 声の調子から歓迎されない訪問になることは分かったが、とにかく仕事の後寺に寄る事にした。 寺に入る前に雲英にも電話を掛けた。 数回のコールの後、雲英の押し殺した声が聞こえた。 怒りを抑えて、恵果さんにまた電話したのかと訊ねても口ごもっている。 たった一言「…朝陽」と俺の名を呼んだ声が泣きそうだったが、その後何もしゃべらない。 「もういい、また掛ける」と言い一方的に切ろうとして携帯を耳から離した時、電話の向こうで知らない男の怒声と物がぶつかる鈍い音に続き、何かが割れる音が聞こえた。 「おい、雲英?」 慌てて呼びかけたが、通話は終了していた。

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