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第30話
【朝陽 No. 15】
電話の向こうの音に嫌な予感がした。雲英が誰かに殴られている?
心当たりはなかったが、箱入りで育てられたらしい雲英は他人に対する警戒心も薄かった。変な事になっていないといいが、とさすがに心配になる。
でも今はまず恵果さんと話をしなければ。
気持ちを切り替えて玄関に立つと、呼び鈴を押す前に恵果さんが扉を開けた。
瞳が揺れている。それを見たら、今どんなにこの人が不安なのか痛いほど伝わってきた。切羽詰まった表情で、何も言わずに俺の手を取って早く上がれと手を引いてくる。
「恵果さん、顔が真っ青です。大丈夫ですか?」
俺の言葉に恵果さんは肩を微かに動かして振り返った。目の下の薄い皮膚がくぼんで青い血管を透かしているのが憔悴具合を物語っていた。
黙って手を引かれるままに恵果さんの部屋まで行き、相対して座った。
膝の上でぎゅっと手を握りしめながらこちらを見つめている様子は、何かを思い詰めているようだった。あの男のせいだろうか、それとも雲英だろうか。
「急な呼び立て、応じてくれてありがとうございます。」
「そんな…他人行儀な言い方をしないで下さい。雲英はまだあなたに電話を掛けてきているんですか?」
さっきの雲英との電話を思い出しながら質問すると、恵果さんは畳の一点を見つめたまま言葉を絞り出すように言った。
「そうですね、まだ電話は来てます」
あの時の約束は守られていなかったのか、それにしてもさっきの電話の向こうの様子は異常だった。そんな事を考えていた俺は、助けを求める恵果さんのシグナルを見落としていた。
「ご迷惑をおかけしてすいません、俺のせいです」
手をついて頭を下げた。今度こそちゃんと片を付けなければ。
「もう一度、雲英に会ってきます」
返事はなく、黙って微かに頷いたような気がした。
その言葉が恵果さんをどんなに傷つけるか、もう少し冷静に考えるべきだったのに、俺はあまりにも自分勝手な思い込みをしていた。
―――――恵果さんは待っていてくれる、と。
玄関で見送ってくれた時の微笑みに安心しながら、門を出る頃には雲英の事を考えていた。
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