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第46話
【朝陽 No. 22】
余韻の残る身体を拭き清めていると恵果さんが目を開いた。
先ほどまでの乱れた顔からは想像できない、恥ずかしそうな様子でよそを向く。
「身体はしんどくないですか?まだ休んでいてください」
その言葉に、可愛い言葉が返ってきた。
「朝陽さん、あんなに動いたのに平気そうですよね...私は動けないのに」
シーツも替えて、気だるげに天井を見上げほっと溜息をつく恵果さんの横に滑り込んだ。
「俺はまだ動けますよ?」
ムキになって何か言おうとする唇を塞いで首の下に腕を入れると、不承不承腕枕に頭を預けてくれた。
「意地悪ですね、もう私は動けません」
乱れの残る艶やかな髪を手櫛で整えてゆく。恵果さんは安心しきったように頬をぴったり胸の上に乗せてきた。5年前、気持ちが通じたと思った時に想像し、冷たく突き放された後にすべてを諦めた幸せな光景が、今腕の中にある。
「意地悪じゃありません。こんな風に寄りかかってもらえて、嬉しいんです」
「あの日...突き放して良かった」
先程庭先で聞いた言葉を思い出して手を止めた。どんな思いで辛く当たったのか分かるか、と問われたのを。
「5年前の俺はそんなに子供でしたか?」思わず質問が口をついて出た。
「あの時の私の気持ちは、今の貴方はどれだけ理解していますかね?」
恵果さんは微かに笑い、揶揄うような声で言う。そのつむじに唇をあてて答えた、
「あなたは、ここに留まるなと背中を押してくれた。自分の足元を濡らす重い泥に足を踏み入れないように突き放してくれたんだと思ってます。
あの時の俺は未熟でそんな事も想像できなかった。こうして寄りかかってもらっても支える事は出来なかったでしょう」
恵果さんは返事をせずに、ただ俺の胸に頬を摺り寄せた。自分の正直な気持ちを言葉でつなげてゆく。
「でも、あの時からずっと思っていたんです、苦しんでいるあなたの隣にいたいって。おかしいですよね、自分の事もままならない子供だったのに」
腕の中で恵果さんがもぞもぞと向きを変え、温かい手が胸に触れた。
「ごめんなさい...さぞ、辛かったでしょう」
そんな言葉…こちらに甘え切ってくれるだけで、既に全てに屈服しているのに。
「平気です、なんて言ったら嘘になるけれど、自分が謝罪をさせていると思う方が辛いです」
そう言ってもう一度隣にいる人をそっと抱きしめた。
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