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第48話
【朝陽 No. 23】
仕事は多忙を極めていた。人手不足も手伝って増え続ける業務をうまくさばけない自分にもイライラしていた。
煩雑な仕事を一つ一つ片づけていると、それを投げてくる当本人、俺の指導担当が席に来た。
「これ業務覚えてもらうためにお前に任せるから、」
「え?田澤さん、課長に伝え…」言いかけた端から言葉を被せてくる。
「あー、あー、課長にはもう言った!フォルダはここ、担当者変わる連絡はお前をCCに入れてメールするから」
一気にまくし立てて質問する間もくれずに去って行った。それから1分もしない内にメールがきた。
この人は人に仕事を押し付ける時は早いんだ、と軽く呆れた。
幸い実家に住んでいる為食事は心配する必要がなかったが、連日の残業の負担は大きかった。
休憩室で飲み物を片手に椅子に腰かけてスマホの画面を見る。視界に『恵果』の2文字が入ると、疲労と眠気で麻痺しかけた頭にふっと風が通り、途端に気持ちが緩む。
会いたい、声が聞きたい。確かな気持ちを知った今、何より触れたいと思うのに、手が届く先にあるのは無機質なものばかり。
連絡をしたいと思いつつ、仕事の弱音や愚痴なんて言えるわけがなかった。
電話番号の表示を閉じてコーヒーを飲んでいると課長が入ってきた。
「忙しそうだね。田澤くんと調整してるだろうけど、業務量は大丈夫かい?」
「…はい。ちょっとスケジュールがきついのもありますが、月末をこえれば何とか回って行きそうです」
飲み終わった紙コップを捨てて会釈をし、先に休憩室を出る。
誰もが手一杯仕事を抱えている中で頼める相手もいないなら自分でやるしかない。
よくある話だ、そう自分に言い聞かせながらデスクに戻った。
****
比較的静かな始業直後のオフィスに電話があった。
課長が話をしながら顔色を変えてゆく。
「はい、はい、大変申し訳ありません。直ぐにお詫びに参りますので、どうかよろしく…はい、失礼します」
誰かが大きなミスをした事がすぐに分かり、フロアにいた全員に緊張が走る。
課長は静かに席を立ちあがり自分と田澤さんを会議室に呼んだ。
「先日深川さんの所に出した図面で、以前依頼された修正箇所がまた抜けていた、とのことだ」
最近田澤さんから引き継いだ案件だ。課長の説明によると、問題があったのはかなり前の修正だった。
「あー、あれは朝陽くんに頼んだんだけど…お前ちゃんと確認したの?」
視線を泳がせながら空とぼける様子、確信犯だ。しかし引き渡しを受けた時点で正しいデータがもらえていると思い込んで確認を怠ったのは自分だった。
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