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第52話

【朝陽 No. 25】 数回のコールの後、恵果さんが電話に出た。 「恵果さん、俺です。朝陽です」 忙しいのか、怒っているのか、返事がない。 「恵果さん、お忙しいですか?声が聞きたい…、会いに行っていいですか」 一呼吸おいて、棘のある言い方をしながらも拗ねた声が聞こえきた。 「お仕事、忙しいのですよね?私なんかに電話していて大丈夫なのですか...?」 その言葉に思わず笑ってしまった。多分電話の向こうにもその気配は伝わっただろう。恵果さんは再び黙ってしまった。 「怒らないで下さい、あなたに電話をしたかったんです。会いたい、すぐに会いたいです…」 馬鹿みたいに弾む声をもう隠すことはしなかった。 「私は待つと言いました...」 そこまで言って止まる言葉に、ずっと連絡もできずにいたことを反省した。この人は弱音を吐く代わりにいつもこうやって一人で立ち尽くしていたんだ。何もない寂しい場所で。 「すぐそちらに行きます、あと少しだけ我慢して待っていてください」 がさがさと音を立てて鞄を助手席に置きながら車のエンジンを掛け、そう伝えた。 もうご飯を食べているかもしれないけれど、途中で簡単に食べ物を買い込んでいたら寺に着くのが予定より少し遅くなってしまった。 門の前に車を寄せると人影が出てきたので慌てて停車する。ライトの中に驚いた顔をした恵果さんがいた。 ようやく会えた、はやる気持ちを抑えて助手席のドアを開け「乗ってください」と声を掛けると、シートにするりと身体を滑り込ませてきた。行き先は告げずに走り出す。 暫くすると恵果さんが沈黙に堪りかねたように口を開いた。 「さみしかった...です、せめて、電話位は...」 その言葉にはっとした。こんな、素直な感情を吐露してしまう位この人は俺の事を思ってくれているのだ。 「お仕事で忙しくなるのは聞いていましたけど、あの日重なった思いは幻かと疑いました...」 運転中でなければ抱き寄せてしまいたかった。 「連絡が遅くなってすいませんでした。俺も、あの時の事は夢だったんじゃないかと思うくらい幸せでした。幻にされてしまう前に会いに来てよかった…」 カーブを曲がり暗闇の中を走り抜けてゆく。恵果さんは黙って窓の外を見ていた。 「食事はもう済んでますか?簡単なものを買ってきたので、まだなら一緒に食べませんか?」 その言葉に助手席の人は急にそわそわし始めた。何も訊かずにつれだしてしまったけれど、用事があったのだろうか? 前方の信号が赤に変わるのに合わせて速度を落としながら横を見ると 「あの、私...携帯しか持たずに出てしまってて...」 そう言って真剣に困った顔でこちらに携帯を見せてきた。 どうしてそんな焦っているのかようやく分かり、ほっとすると同時に笑ってしまった。 真っ赤になって怒ったような表情をする恵果さんに見とれていると「朝陽さん!青です」と言われて、急いで発進した。 目的地まであと少し。

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