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第53話

【恵果No26】 車を停めると朝陽さんは荷物を持って私が降りるのを待ってくれていた。 ドアを開くと潮風が長めの私の髪をいたずらに掻き回すから、押えると目の前に朝陽さんの大きな手が差し出され、取っていいのかと逡巡する。 「いきましょう」 そう、言われるがままに手を取り2人で砂浜を進む。 見えてきた建物に驚いて、朝陽さんを見るけど、ただ真っ直ぐに前を見て歩く姿がまた、胸に熱を齎す。 ウットデッキを歩き数あるテーブルの中から、場所を選んだ彼が上に積もる砂を払う。 本当に出来た男だと思うと、なんだかおかしくなって、会えなかった寂しさは何だったのか、拗ねた自分はあっさりとこの人の温もりに包まれてしまったことに笑いが込み上げた。 「どうしたんですか?何かおかしいですか?」 きょとりとした顔で私に聞くから、ぺろりと舌先を見せて「なんでもないです」と、言ってみた。 多少なりとも30を超えた私が浮かれてしまってるのを堪えてるのだから見逃して欲しい。 次々に出される食事は、なんだか驚くほど沢山あって、手伝おうかとも思ったけれど朝陽さんがテキパキと置いて行くので黙って見ていた。 一通り出し終えたのだろう「どうぞ、召し上がれ」と声を掛けて頂き、私は目の前にあったサンドイッチに手を伸ばした。 「いただきます」とサンドイッチを口へ運ぼうとした時私の手を、朝陽さんが取ってニッコリ笑う。 なんだろうと、目を見張ればさらに私を驚かすように朝陽さんがサンドイッチを頬張った。 「あ...」と、声を漏らして気が付いた。 その男らしい姿や行動に今私は胸を高鳴らしていると。 「食べさせてくれるかと待っていたのに気付いてくれないので、勝手に食べちゃいました」と、いたずらが成功したような楽しそうな顔で伝えられて頬が紅潮するのがわかったのに、なんと言葉をかけていいかと悩めば、あろう事か身体を伸ばして私の唇をいとも容易く奪って行く。 その行動、仕草までも私は見とれてしまうのだ。 手に持った食べかけのサンドイッチは朝陽さんから、私へと差し出された。 「どうぞ」なんて、にこやかに言われたら、私は何も言えない。 おずおず口を開いて、口内で咀嚼すると目が合って自然と笑いが零れた。 なんて、幸せで心満たされる時間なのか。 こんなのは、久方ぶりと自分でもわかる。 そんな事を考えながら食べ、片付けをしていた時。 「折角海に来たんだし、少し散歩しませんか」 と、誘われて私は素直に頷く。 2人で、並んで歩く砂浜は心地よくあるが、草履では砂を噛んでしまう。 ただのサンダルのように砂は足に絡み付いてくるから、思わず脱いで朝陽さんの手を取った。 「走りましょう」 そう言って、驚いてる朝陽さんの唇を今度は私が奪い返した。 いたずらに笑って私が走る後を朝陽さんも追ってきてとうとう追い付かれて腕を掴まれたら、気持ちが爆発してしまったようで飛び付くように抱き着いた。 息も上がっていて、はぁはぁと小刻みに吐く息は彼の腕の中でゆっくりと整っていく。 「朝陽さん海なんて久しぶりです!連れて来てくれてありがとうございます」はしゃぎすぎかもしれないが、とても私には新鮮で楽しかったのだ。 「そんなに喜んでもらえると、俺も嬉しいです。恵果さん、子供みたいだ」 なんて言われて、はしゃいでいたのが急に恥ずかしくなってしまう。 でも、私は...この時がとても嬉しくて、楽しくて... 朝陽さんだってとても優しい目を私に向けてくれる。 だから、私は恥ずかしさを捨ててしまえるのだ。 「ああ、もうあなたって人は!」 ジッと見つめ返したら、私の身体をきつく強く抱き締めてくれた。

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