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第54話
【朝陽 No. 26】
人気のない駐車場に車を止め、食べ物を携えて、空いた方の手を車から降りた恵果さんに差し出した。海風にあおられて乱れる髪を押えていた手が一瞬躊躇ってから伸びてきた。
月明かりのなかに浮かぶ笑顔に微笑み返す。
「いきましょう」
夏の間だけ営業しているオープンカフェのテラスを目指し、柔らかい砂地に足を取られないように恵果さんと並んで歩いて行った。
閉店時間後は自由に使えるようになっているこの場所なら、ゆっくりと座って海を見る事ができる。
砂を払って、風の当たらない場所の椅子を引くと、恵果さんはなぜか笑って腰掛けた。
「どうしたんですか?何かおかしいですか?」
俺の言葉に恵果さんは子供のように舌を出して言う。
「なんでもないです」
夜の闇の中、見慣れているその顔に月光による柔らかい影ができているのを見ているだけで、この人を笑顔にできるのならば何だってしようと思う。
買ってきたおにぎりやサンドイッチ、まだ暖かい飲み物をテーブルに置き、それなりの雰囲気に整えた。
「どうぞ、召し上がれ」
綺麗に拭いた手を静かに合わせて姿勢を正す。
「いただきます」
そういったまま遠慮している恵果さんに微笑む。行儀が悪いと知りながら肘をついて見ていると、サンドイッチを摘まみあげて口元に持って行く。ふと悪戯心が湧き、その手を取った。驚いて丸くした目を見つめながら、恵果さんの手にあるサンドイッチを頬張る。
「あ...」
「食べさせてくれるかと待っていたのに気付いてくれないので、勝手に食べちゃいました」
揶揄うように言うと、顔を赤くしてパクパクと口を動かしている。何か言おうとしている恵果さんに、テーブル越しに身体を伸ばして軽くキスをする。
そのまま残っているサンドイッチを取り、驚いたままの口元に持って行くとふわりと恥ずかし気な表情になった。
「どうぞ」
赤い唇がゆっくりと開き、おいしそうにパンを食んでゆく。こんな子供じみた事をしているのがくすぐったくて、どちらからともなく笑いが零れた。
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買ってきた食事は二人分としては思いの他多くて、食べ終わる事にはお腹がいっぱいになっていた。
「折角海に来たのだし、少し散歩しませんか」と誘えば、食後の満たされた様子のままこちらを見て頷いて立ち上がった。
靴底を通して粒の細かい砂浜の感触を感じ、恵果さんが草履をはいている事を思い出した。
砂の上を歩きにくそうに進んでいるので声を掛けようとしたら、突然草履を抜いで「走りましょう」といい出した。あっけにとられている俺に近づき、さっとキスをして踵を返して走り出す。
誰にも咎められない、何にも縛られない場所でこの人はこんなに自由に振る舞ってくれる。
楽しそうな背中を暫く見て追いかけると、着物で忙しなく走っている恵果さんにすぐに追いついた。風にはためく袖ごと腕を掴んで振り向かせた途端、わっと腕の中に飛び込んできて胸元にしがみついた。上下する背中に腕を回して、上がった息が整うのを待っていると、ニコニコした顔で見上げてきた。
「朝陽さん海なんて久しぶりです!連れて来てくれてありがとうございます」
「そんなに喜んでもらえると、俺も嬉しいです。恵果さん、子供みたいだ」
俺の言葉にさらに見開かれた目が「だって、だって!」と訴えてくる。
「ああ、もうあなたって人は!」
思わず腕に力を入れて抱きしめると、背中にそっと腕が回って抱きしめ返してくれた。
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