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第6話
「で、偶然、奏衣先輩が境先輩とキスしてるとこ見た」
「はっ?」
「誰にも言ってないよ」
境と一度だけ学校帰りに外でキスしたことがある。離れ難く遠回りした駅までの道、偶然見つけた遅咲きの桜が綺麗で、花を影にそっと唇をつけた。舞い散る花びらがふたりを祝福してくれてるみたいだと思った。その後すぐに振られたけど。
「なに思い出してんの?そっちは覚えてるんだ」
「おまえが言い出すからだろ」
奏衣があっさり認めてしまうと、小さなため息が聞こえた。
足が疲れたらしく一度下ろし、反対の足でまた奏衣を閉じ込める。こちらも同様に剃り残しなく丁寧に手入れされていて、指で辿ると本当にすべすべしていた。スカートの裾に手が差し掛かった時、ふるっと肌が震えた。
「聞けよ」
思いがけず強い口調で皐月が奏衣を制した。
「おまえが触れって言って、目の前に生足晒してんじゃん。ほんとすべすべだな」
「やっぱやめて、触られると変な気持ちになる」
眉間に悩ましげに皺が寄せられていて、自分が触るだけでそんな反応をするのかと妙に感心した。もっと知らない表情が見たくて指を往復させようとすると、その手を掴まれた。
「なに止めてんの?これからいちゃいちゃしてやらしーことすんだろ?」
覚えてもいない過去を突然持ち出されたことに、イライラし始めていた。急になんでもいいからぐちゃぐちゃにしたくなる。
「今でも俺をちゃんと見てくれないのって、結局やり方が間違ってたんだね。でもあの時まっ正面から憧れてるんです、つきあってって言って、先輩相手にしてくれた?」
「しないな」
最後の最後で落としどころはそこかと、残酷な気持ちになった。
「それまでそんな風に見てなかったけど、キスしてる奏衣先輩はすっごい綺麗だった」
「残念でした。俺は綺麗でもなければ、憧れの対象でもない。男にフラれて海外逃亡。果てにはセーラー服着てこいよって言ったらスカート履いてくる後輩にヤらせる男なんです」
「さいてー」
感情がこもっているんだかないんだかの低い呟きが、ちくりと胸を刺した。
「おまえが俺に突っ込みたい、つったんだろ」
皐月が勝手に作り出した綺麗な思い出が気に入らなくて、露悪的な言葉でなじった。そんなこと今更言われても。
「あんたが覚えてないから!勝手にいなくなるから!いつかちゃんと話したいな、なんて間違いだったってわかった。いつかなんて来ないし、チャンスなんて作んないとない」
ふざけてばかりの一年間、隠されていた気持ちはじっとり重たい。
「三年なって奏衣先輩が同じクラスにいるの奇跡みたいで、席も近くて嬉しくて、俺、毎日先輩に声かけてたんだよ。なのに『誰おまえ?』って全力で拒否されたら、正攻法なんて通じないってすぐわかる」
受験で忙しい時期に、わざわざ他人と積極的に関わるつもりはなかった。田舎の高校でもう手痛い経験もしたくない。唐突な告白なんて相手にもしなかったに違いない。
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