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第6話
ーー side 柊 碧生 ーー
人生で正月休みがこれほどつまらなかった事はなかった。
地元に帰って、仲間と毎晩飲み歩く。
コンパして、持ち帰って。ナンパして、持ち帰って・・・。
でも、ヤッてる時に俺の頭をよぎるのは、伊藤先輩の顔で。
何で俺が男なんか気になってんだって、イライラがつのる。
毎晩のように女を抱いてもこのイライラは消えなくて。
何かの間違いだろ。この俺が、こんなに一人の人間・・しかも男が気になるなんて。
会わなければ、女を抱いていれば・・この妙な気持を忘れられると思っていたのに。
会いたいと思う気持ちはどんどん募る一方で。
そんな自分にもムカついて。
正月明け、久々の伊藤先輩。
俺はこんなにイライラしてるのに、先輩はすごく楽しそうだった。
理不尽に、腹が立つ。
そんな事を考えていると、ドアの開く音がしてーーー
「佐々さん、明けましておめでとうございま~す!」
「お~佐々、久しぶり、お前相変わらずムカつく顔してんな~」
入り口がやけに賑やかだと思っていると、横からひょこっと大きな男が覗き込んできた。
そいつは、吉岡に同意するのは納得いかないけれど、本当にムカつく顔をしていた。
形のいい意志の強そうな眉に、奥二重だけど大きい切れ長の瞳、高い鼻・・・ツーブロックのサイドパートの髪はそのすっきりとした顔にとても似合っていて、爽やかな印象。
この人、モテそうだな。
寺本さんも、あの口ぶりだと気がありそうだし。
しかも、伊藤先輩を名前呼びしている。先輩もやたら嬉しそうで・・・
休みの昨日も会ってたなんて、友達・・なのか・・?
そいつは俺の顔を見ると、挑発するようにニヤリと笑った。
そして、伊藤先輩に気をつけるように言って去っていく。
俺の気持ちを全部見透かされてるみたいで腹が立つ。
は~このままじゃ仕事もミスしそうだ・・・
ちょっとコーヒーでも飲んで気分転換しようと、俺は給湯室に向かうことにした。
「~~で!~~なんだって!」
「え?マジ?じゃ~さ~~~!」
「お話中にスミマセン。コーヒー入れさせてください。」
給湯室には、吉岡と同じ係の寺本さんと川田さんがいて・・
俺は、イライラした気持ちを隠していつも通りニッコリとほほ笑むと、
二人の前を通ってポットに向かった。
「わ!柊君! ど~ぞど~ぞ~」
「柊君、仕事はどう~?しっかりやってるよね。ウチの吉岡センパイと変わって欲しいよ~」
「あは!吉岡センパイが可哀想ですよ!俺なんかまだまだ、全然です。」
「でもさ、佐久間係長がうらやましい!柊君と、伊藤先輩と同じ係なんて!!」
「だよね!柊君来てから、若干テンション高いもん!」
おしゃべりが止まらない二人・・あ、そうだ・・
「寺本先輩、さっき来てた佐々って人、どんな方なんですか?営業と聞いて・・」
「あ~そうだ、柊君後三ヶ月で営業に異動だよね~寂しすぎる~~!
佐々先輩は伊藤先輩と吉岡先輩と同期で、伊藤先輩とは幼馴染らしいよ!
すごく仲良くて、見てるこっちもなんかほのぼのしちゃうんだよね。」
幼馴染か・・・
ーー俺の知らない伊藤先輩をたくさん知っているーー
そう思うと心にモヤがかかるような気がした。
「そーなんですか・・・佐々先輩は、すごくモテそうですね。」
「あ、そーそー!寺ちゃんも、だよねっ!」
「も~!!川田さんやめてよ~恥ずかしい!でも、そーなの、すごくモテるんだよね。実際彼女も何人か出来て、どの子もすごく可愛い子だったから・・私なんて、無理って分かってるんだけど、仕事でしょっちゅう会うから中々諦められなくて・・」
そう言って、両手で包み込むように持っていたペットボトルのお茶を弄ぶ寺本さん。
佐々先輩、すごく挑戦的だったから勘ぐってたけど、彼女がいたのか。
じゃあ、ただの幼馴染としての心配・・なのか・・・?
「いやいや、寺本先輩可愛いから、もっとアプローチしたらいいんじゃないですか?勿体ないですよ。」
「え~~~~そう、かな・・ちょっと、頑張ってみようかな・・てか、柊君みたいなイケメンにそんな事言われたら照れる!!!」
女は簡単、褒められて悪い気がする子なんていない。
しかも、俺の笑顔付き。
「私は佐々先輩より、断然伊藤先輩派なんだけど・・・ま、見てるだけだよね。伊藤先輩はさ。」
そういえば、気になっていた。
バイトの子はもちろん、正社員も俺に対するアプローチはかなり露骨だった。
社員と結婚したいのが見え見えで、飲み会でも積極的に絡んでくる。
でも、伊藤先輩には皆あたりさわりの無い会話しかしていない。
あれだけ容姿が良いのに、皆のこの反応は何なんだ・・・
もしかして、彼女がいたり、もう結婚してたり・・?
確か、26歳だったよな。指輪はしていないけれど結婚もあり得る。
「・・・どうして、見てるだけなんですか・・・?」
「ん~すごくね、優しいんだよね。それこそ勘違いしそうになっちゃう位。でも、踏み込もうとすると急に壁を感じるの。伊藤先輩自体は何も変わってないんだけど・・・ああ、これは無理だなって、本能で分かるっていうか・・・なんていうんだろ、例えるの難しいね。」
「・・・ガードが堅いって事ですか・・?」
「う~~~~ん・・・それとも違うような・・・女として見られてないっていうのかな?人間愛的な?この人の特別になるのは無理だって思わせられる何かがあるんだよね。」
「私は良く分かんないけど・・・伊藤先輩も入社した時は今の柊君みたいに告白されてたみたいだよ。でも、皆断られちゃったらしくて・・本人もすごく綺麗でしょ?だから、あ~こりゃ無理だって、そのうち皆諦めちゃったんだよね。」
「そうなんですか・・伊藤先輩、確かに綺麗ですもんね・・。」
「ま~でも、今は柊君ブームだから!すごいよね!4月採用の中にも、柊君みたいにカッコいい子はいなかったよ。モテモテで大変だろうけど、頑張ってね!」
「いや、そんな風に言ってもらえて・・すごく嬉しいです。ありがとうございます。」
手を頭に当てて、照れたように笑うと、二人が『可愛い~』って見事にハモった。
結局、伊藤先輩に彼女が居るかどうかは分からなくて、スッキリしないままコーヒーを持って給湯室を後にした。
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