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第7話

ーー side 柊 碧生 ーー 月曜以来、スッキリしない気持ちで一週間を過ごして金曜になってしまった。 年明けの一週間はあっという間で・・・ 正直少し疲れてるけれど、今日は課の新年会があるから残業しないように急いで仕事を片付けた。 区切りがついて、休憩がてら給湯室に行くと、伊藤先輩と女子社員が話す声が聞こえてきて。 なんとなく声を掛けづらくて、俺は少し距離を置いて様子を窺う事にした。 「佐伯さん、さっきから寒そうですね。大丈夫ですか?」 「そーなの!暖房の効きが悪いよね、も〜寒くて!」 「そういえば、今日は寒波が流れ込んで来るって言ってましたもんね。 ビル全体が冷え切ってますよね。でも・・・・じゃじゃ〜ん!」 そう言って、スーツのポケットからカイロを取り出す伊藤先輩。 その仕草とイタズラっぽい笑顔がすごく可愛い。 どう見ても男なのに、ちょっとした仕草に酷く惹かれてしまう。 「あ!!カイロ!!!」 伊藤先輩の心遣いに、佐伯先輩は嬉しそうに手を口元に持っていったかと思うと、 少し頬を赤くして伊藤先輩を下から見上げている。 「ふふ。そう、実は俺も今貼ってるんです。腰の辺りに貼るとちょっとマシですよ。 良かったら、どうぞ。」 ニコニコとカイロを差し出す伊藤先輩。 先輩は周りをよく見ていて、こういう気遣いが上手い。 以前川田さんから聞いたとおり、皆に分け隔てなく優しい伊藤先輩。 また、胸の辺りがチクリと痛む。 俺は小さくため息をついてから給湯室に入った。 「失礼します。」 「あ!柊君!ちょうど良かった~珈琲飲んだら資料室に一緒に来てくれる? ちょっと片付けたい書類があるんだ。」 「わかりました。あ、佐伯先輩、前失礼します。」 少し大げさに近付いて、佐伯先輩の横にあるドリップ珈琲を取って、 すみません、と小さく言って目線を合わせてからニッコリとほほ笑む。 真っ赤になった佐伯先輩は、仕事に戻ると言ってパタパタと課に戻って行った。 伊藤先輩に少しでも気持ちが行くのが許せなくて、自分に向かうように誘導するなんて。 しかも本人の目の前で。 自分がこんなにも短気だった事に驚いて、マグカップに写る自分をぼんやりと見下ろして ため息をついてしまった。 そんな俺を見つめる伊藤先輩。 そのまま俺が珈琲を飲み終わるのを待って、二人で資料室へ向かった。 給湯室の手前にある資料室は狭くて暖房が良く効いていた。 入り口を開けると八畳程の部屋に小さな窓が一つと、 両側の壁面収納いっぱいにファイルが並んでいる。 床には、あまり使われない書類が積み重ねられていて少し埃っぽい。 「今日はすごく頑張ってたね。でも、ずっと座ってたらしんどいでしょ? ちょっと気分転換に体を動かそうよ。」 伊藤先輩はそう言うとスーツのジャケットを部屋の真ん中にある作業台に置いて、腕まくりをした。 スーツを脱ぐときの伏し目がちな目、まくった袖から見える白くて綺麗な腕・・ 目が、離せない。 伊藤先輩は、俺に元気が無いのもお見通しだった。 佐伯さんと同じように、俺にも気を遣ってくれる。 同じように・・・・ 気にかけてもらっているのに、俺の心はどんどん曇っていった。 「柊君・・・」 「すみません、ぼーっとして・・正月に怠けすぎましたかね?あは。」 「正月明けは、皆しんどいものだよ!気にしない気にしない! さ、体動かして、エンジンかけようよ!あそこにある段ボール、 そのまま棚の上のスペースに移動させたいんだけど、俺が椅子にのって載せるから、 渡してくれない?」 窓の下に重ねられた6箱の段ボールを指して先輩が言う。 「棚、結構高いですね。俺が上げます。」 「あ・・・柊君のが大きいもんね、じゃあお願いしようかな!ごめんね、ありがとう!」 重そうに段ボールを渡してくる伊藤先輩の腕からひょいとダンボールを受け取って 次々に乗せていると、ふと先輩の動きが止まった。 「柊君、モテるよね。なんか分かる気がする。」 「・・・そうですか?フツーですよ。あの・・先輩は・・付き合ってる人とかいますか?」 「アレで、普通なの?ヨッシーが聞いたらまた荒れそうだね。俺は、いないよ。」 「そうですか・・・」 先輩の言葉にホッとする自分がいる。 「は~終わった・・・思ったより疲れたよ~」 「はは、俺、余裕でしたよ。」 「おっ、さすが若い~」 「三歳しか違わないじゃないですか!あはは!」 「三歳も、だよー! さ、もうすぐ終業時間だ~今日は飲み会だからね、一緒に行こうか。」 「はい!」 綺麗な顔で、年寄りくさい事を言う先輩に笑う俺。 こうしていると、普通にいい先輩と後輩なんだけど・・・ 俺の中の真っ暗な気持ちは晴れないままだった。

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