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第8話
ーー side 伊藤 蛍斗 ーー
勤務時間が終わり、近くの繁華街まで皆で歩く。
徒歩10分の道のりだけれど、週末の開放感からか既に皆盛り上がっていた。
俺の隣には柊君。
一緒に行こうと俺が誘った手前、女子社員に飲み込まれそうになりながらも、一生懸命傍にいてくれている。
そんな律儀な一面も後輩として可愛い。
女子社員は今日も柊君に近づこうと必死な様子。
一生懸命話しかけようと努力する姿とか、傍から見ていると微笑ましい。
ヨッシーは苦々しい顔で見ているけど・・・・ふふ。
柊君と三ヶ月一緒に働いて気づいた事。
女性の前ではまるで王子様のように爽やかで優しくて・・
けれど、それだけじゃなくて妙な色気がある。
そんな一面に、うちの女性陣はすっかり骨抜きみたいだ。
でも、面白いのは男の前だと全然別人ってトコ!
得にヨッシーの前だと黒い笑顔に磨きがかかってる!
後三ヶ月もしたら異動しちゃうし、もっと色々話してみたい。
そんな事を考えていると、会場のホテルに着いていた。
ホテルのホールには各階の宴会会場に社名がびっしりと記入されている。
どこも新年会ラッシュだな・・なんて思いながら、俺達の会社、【由徳商事】の名前を探していると、4F鶴の間の欄に由徳商事(経理課)、2F萩の間に由徳商事(営業1課)の記載を見つけた。
「あ!ササも今日新年会なんだ・・・」
思わず口走ると、柊君が少し眉を寄せたように見えた。
あれ・・?
あ、いずれ行く課の人達が近くにいると、気を使うからかな・・?
そう思ったのも一瞬で、女性陣に早く早くと急かされて慌てて移動したけれど、エレベーターは既に定員一杯で順番待ちだったので、俺と柊君、そしてヨッシーは先に階段で上ることにした。
「よ~柊、今日も主役は自分だとか、思ってね~か?」
「相変わらずですね、吉岡センパイ。
そうじゃなかった事ってありましたっけ・・・?」
「何でそんなに可愛くねーの!おい、伊藤、後輩の躾ちゃんとできてねーぞ!」
「も~飲み会始まる前から喧嘩しないの!ヨッシーは喧嘩売らない!
柊君は買わない!分かった?」
「はい・・・」
「伊藤の言う事は聞くのかよ!益々ムカつく~!」
二人のやり取りが可笑しくて、子どもみたいに騒ぎながら階段を登っていると
あっという間に4Fに着いていた。
「あ、お疲れ様~!男性陣、歩かせてごめんね!」
「これぐらい、どってことねーよ!」
「男として、当然です。」
「柊君、カッコいい~」
「お、俺は!?」
「ねぇ柊君、行こうよ~」
ヨッシーついに無視された!!!
理不尽に扱われるヨッシーの背中を押して、会場に入と、会場は広い和室で、大きな掘り炬燵が二脚並んでいた。
中々落ち着いて良いところだな、なんて思いながら会場を見回していると、
横に居たはずのヨッシーが居なくなっていて・・
薄暗い店内、目を凝らすと部屋の奥の方で女性グループの中に飛び込んでいく姿が見えた。
ふふ、さすがヨッシー。あのメンタルの強さは見習いたいな。
そんな事を思いながら入り口付近に腰を下ろそうとすると、柊君が隣にやってきた。
「あれ、柊君、こんな隅っこで大丈夫なの?ほら、あっちで佐伯さんが呼んでる・・・」
「佐伯さ~ん、すみません!今日は伊藤先輩に色々と教えていただきたいんで!」
俺の発言に被せるように、柊君が佐伯さんに声をかける。
「あ、じゃあしょうがないね~!係の親睦、深めないとだよね。また、二次会で!」
「あは、了解しましたっ!」
「いいの・・・?柊君、佐伯さんの事気になってるんじゃないの?」
給湯室での柊君は、佐伯さんにアプローチしているように見えたんだけど・・・
そう言うと、柊君はチラッと俺を見て、ため息をついた。
「っ・・は~・・・違います・・・。」
「え!そーなの・・柊君って、素であれ・・・?」
「それも、違います・・・」
ちょっと混乱する・・けど、俺の勘違いだったかな・・・。
それから少しして、全課員が揃ったのを確認すると、課長の長い・・・
ほんと、長い!挨拶が終わって、乾杯に移った。
柊君が俺のグラスにビールを注いでくれて、俺も柊君に注いでーー
今度は次長のあっさりとした挨拶でやっと乾杯!
「柊君、お疲れ様。今日は一緒に飲めてうれしいよ。」
「伊藤先輩も、お疲れ様です。中々飲み会でゆっくり話せないですもんね。」
「ふふ。柊君、いつも主役だからね」
「ハハ、ま、そうですね。」
なんだかんだで、休み明けの一週間は忙しかったから疲れは溜まっていた。
それは、柊君もきっと同じ。
そのせいか、柊君はいつもよりお酒が進むペースが早い気がした。
女性社員はというと、柊君が少し大きな声で、「俺と飲む」と宣言してくれたから、
今日はチラチラと遠目から見ているだけで近寄ってこない。
「柊君、彼女いるの?あんなにアプローチ受けて、悩まない・・?」
「居ないし、悩まないです。美人だったら、とりあえずヤッて、付き合うとかはあんま無いですね。」
「ぶはっ・・・・・!!!!」
わ、お酒、こぼしちゃった・・・!
「うわ!ちょ、伊藤先輩!!!何やってんですか!もー酔ったんですか!?」
「違っ・・・!柊君が変な事言うから!!!」
「は?変な事ですか・・・?」
「や、いい!気にしないで!!!!」
恥ずかしい・・・急にあんな事言うから、顔が熱くなる。
俺そういう話し苦手だからな・・・・
これ以上話しが深くならないウチに話題を変えないと!!
あ・・でも・・これは言っておかなくちゃ・・
周りに聞こえないように、少し近づいて小声で耳打ちする。
「あんまり、社の女の子泣かせたらダメ、だよ?」
「・・・ッ。はい・・・。」
会も一時間も過ぎると、遠目から我慢していた女の子達が俺達にお酌に来てくれはじめた。
いつもなら上手に断る柊君が、今日はどんどん飲んでいる。
顔色が変わらないから、強いのかな?なんて呑気に思っていた俺だったけれど・・
二次会はどこにする?なんて話しが出始めた時、柊君が急に俺の肩にもたれかかってきた。
「柊君・・?どうしたの?」
肩を掴んで抱き起こす、見上げてきた柊君の顔は目が少し潤んでいて・・・
こつん、と額を胸に預けてきたと思ったら、
「せんぱい・・・吐きそう・・・」
「わ!しっかり!!!!俺の肩につかまって!!」
「キャー!柊君大丈夫!?」
俺より少し大きい体を抱えて、トイレへと向かう。
腰に腕を回して抱えると、思ったよりも重たくて必死に踏ん張った。
スーツ越しにも綺麗な体付きをしていると思っていたけれど、
腕を回してみると実際とても引き締まった体をしていた。
なんとかトイレに着いて、ゆっくりと便座に座らせる。
俺は床にしゃがんで、うなだれる柊君の顔を見上げた。
顔色はいつも通り、白すぎる事もなく大丈夫そう。
少し息がしんどそうで、目は潤んでいる。
「吐きそう??」
「・・落ち着いてきました・・。すみません・・・。」
柊君のネクタイを緩めて、水に濡らしたハンカチを首筋にあてがうと
ふ~っとため息を吐いて、気持ちいいと言ってくれた。
「柊君、こんなになるまで気がつかなくて、ゴメン・・。」
「・・・違います。先輩のせいじゃないです。」
消え入るような声でそう言うと、しゃがんで見上げる俺の肩に柊君が額を擦り寄せてきた。
「先輩・・・・俺の家、遠いんです。今日泊めてもらえませんか・・・?」
こんなに弱って・・・俺がちゃんと注意していれば・・・
そう思うと胸がギュッとなる。
「うん、もちろん。もう抜けようね、俺、皆に断ってくるから、ちょっと待ってて。」
早くゆっくりさせてあげないと・・・
その時の俺は柊君がつらそうなのは、ただ酔っているだけだと思っていた。
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