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第18話
ーー side 柊 碧生 ーー
月曜日、俺は伊藤先輩に会えるこの日を心待ちにしていた。
日曜の朝まで一緒に居たくせに、心待ちっていうのは大袈裟だとは思うけど、
自分の気持ちに気がついたら、伊藤先輩に逢いたくて逢いたくて・・
伊藤先輩は、俺に特別な感情を抱かせてくれた初めての人だ。
だからこんな気持は初めてで、俺はこれからどう行動したらいいか悩んでいた。
職場の先輩後輩、しかも男同士で好きになってもらうにはどうしたらいいんだ?
俺は今まで女から言い寄られた事しかなくて、自分で何かした事が無かった。
気が向いたら抱いて、飽きたら終わり。そんな関係ばっかりで。
今思えば、俺ってサイテーなヤツだな。はは・・・
恋愛経験値が思いのほか低い事に自分でも驚いている。
しかも・・・伊藤先輩はなんだか変な勘違いまでしていて・・・
日曜の朝に言われた事を思い出す。
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『俺が社の女の子泣かせるなって言ったから、仕方なく・・・でしょ?』
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そして、その言葉に便乗してアレコレしてしまった俺。
てか俺、どんだけ性欲の我慢がきかないと思われてんだろ。
仕方なくで男に手をだせる程って・・・・どんだけだよ!本当!
そんな考えに至るところが伊藤先輩らしいけど。
それに、普通そう思ったとしても、そこは受け入れるトコじゃないでしょーっ・・て、
少し懐の広すぎる先輩が心配になりつつも、結局俺は自分の欲望をぶつけてしまったワケで。
うだうだ考えながら出社して、仕事に取り掛かったワケだけどーー
いつも朝から元気な伊藤先輩が今日は妙に静かだった。
「先輩・・・・・今日、どうかしました・・・?」
「え・・・・?あ・・・。俺、何か変?」
「変というか・・・元気無いですね。」
「心配かけてごめんっ。何でもないから!」
「本当ですか?あ、昼飯、予定なかったら一緒に社食行きませんか?」
「うん!俺でよかったら、喜んで!」
ちょっと、無理したような笑顔。
何かあったんだろうか・・・
もしかして俺のせいかなって思ったけど、先輩の俺への反応はいたっていつも通りで。
てか、あんな事があったのにいつも通りすぎてちょっと寂しいんだけど・・・
それから、次々に舞い込む仕事を慌ただしく片付けていると、あっという間に昼休憩になっていた。
あー終わんねぇ・・後少しでキリがいいんだけど・・・
そう思ってチラリと横を見ると、先輩は引き出しから財布を出しながら、俺の視線に気がついてニコリとほほ笑んだ。
「柊君、先に席取っといてあげるから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。」
「すみません、俺から誘ったのに。終わったら、すぐに行きます!」
変なとこ鈍感なクセに、こういうところは気がついてくれるんだよな。
伊藤先輩を待たせないように必死で仕事にかたをつけて、最上階にある社食へと向かった。
ウィーン・・・チン・・・・・
エレベーターの扉が開くと、そこは全面ガラス貼りで真っ青な空が広がっている。
快晴の今日、33階からの見晴らしは最高だった。
入り口でメニューを眺めつつ発券機の順番待ちをしていると、
後ろから女子社員の黄色い声が聞こえてきた。
「あーーー!あそこ、窓のトコ!!!伊藤さんだよっ!経理課の・・・」
「本当、久しぶりにご尊顔拝めた・・・・カッコいい・・・」
「いやーカッコいいより、美しい・・・じゃない・・・?」
「いやいや、カッコいい、でしょ!?」
「も~!何でもいいよ、とにかくヤバいね・・・・」
「うん・・・同じ人間とは思えないよねぇ・・・」
伊藤先輩の名前が上がって、思わず後ろを振り返ると、俺の少し後ろに並ぶ三人の女子社員が窓の方を見てコソコソとしゃべっていた。
女子社員が見つめるその先には、伊藤先輩がいて・・・
大窓の横、一人姿勢良く座る先輩は、冬晴れの澄んだ光を受けて白い肌が一層と美しく際立っている。
ダークブラウンの髪はキラキラと輝いて、伏せられた瞳の睫毛は長くその頬に影を落としていて・・・
いつもだったら、俺意外のヤツを褒める話題はちょっとイラっとするんだけど、伊藤先輩への褒め言葉はむしろ誇らしい。
そーだろそーだろ、俺の伊藤先輩は、美しくカッコいいんだぜ。
で、二人きりだと可愛い一面もあって・・・・
食事のトレーを受け取りながら、日曜の事を思い出す。
俺がまとわりついても受け入れてくれて、先輩はそんなつもりは無いんだろうけど、まるで恋人みたいにじゃれ合った。
少し頬を赤らめて、俺に抱きしめられてくすぐったそうに身を捩る先輩は色気があるのに可愛くてーーーー
「よ、柊。」
せっかく伊藤先輩との甘い記憶に浸っていたのに、突然、後ろから呼びかけられて現実に引き戻される。
しかも、声の主は俺の苦手な佐々先輩だった。
てか、柊・・・?急に呼び捨てかよ。
「何か用ですか?」
「お前、蛍斗に何したの。」
「は?佐々先輩に関係ないでしょ?」
「ま、そーだな。」
ニヤリ、俺を見下ろす不敵な笑み。
「俺が動くのが遅すぎたせいもあるし、今回は許してやるよ。」
「動くのが・・・・・?」
「そーいう事だよ。じゃ、お先。」
あっけに取られる俺を追い越して、トレーを持って伊藤先輩の元に行く佐々先輩。
そういう事ってどういう事だよ!ってか、俺も早く行かないと・・・!
「柊くーん!こっちこっち!」
少し遠くから俺を見つけて手を振ってくれる伊藤先輩・・天使だ・・・その横に、悪魔のような笑顔の佐々先輩・・・。
「や、柊君、久しぶり。
いつも営業ついでに外で食べるんだけど、今日はたまたま時間が合ったから昼一緒させてよ。」
何が柊君だよ・・・・
「あ、はい、モチロンデス・・・どーぞ。」
だいたい、何で伊藤先輩の隣なんだよ。
しかも、椅子を寄せてもっと近くしてるし・・・・。
何か様子がおかしいとは思ったけれど、食事が始まるとその違和感は益々強くなった。
「ほら、蛍斗これうまいぞ。あーん」
「え・・・あ、あーん・・・」
「ッ!!!伊藤先輩!コレ!俺の春巻きもうまいです!!ハイ!あーーーーーん!!!」
「えっえ!?あ、じゃあ、あーーーん」
(クスクス・・・可愛いーー何あれ〜)
女子社員の笑い声が聞こえるけれど、今はそれどころじゃなくて。
さっきの佐々先輩のセリフ、こういう事かよ・・
しかも、伊藤先輩は俺と違って佐々先輩の事は男として意識しているように見える。
ついこの間まで二人の空気は普通だったハズなのに、どうやったらあんな風に意識してもらえるんだ?二人の間に何かあったのか・・・・?
日曜の昼までは俺が居たワケだから・・・・
「あの、先輩達、日曜の昼会ってました?」
「おう、今朝までずっと、一緒にいたぞ。」
俺が質問すると、真っ赤になってうつむく伊藤先輩の代りに、
ニカッと、ムカつく位爽やかな笑顔で佐々先輩が答えた。
「ササ、何か変な言い方しないでよ・・・」
「変って何がだよ。蛍斗は、何か変な事に思い当たる事でもあるのか?」
「ッ、ないよっ・・!」
意地悪く伊藤先輩を覗き込む佐々先輩と、頬を染めてその視線から逃げるように顔を背ける伊藤先輩。
何、その空気・・・・・・。
なんだか俺だけ取り残されたみたいで寂しい気持ちになった。
・
食事が終わって、午後から先輩は佐久間係長に頼まれた書類を探しに資料室に籠っている。
中々見つからないのか30分が経っても戻ってこない。
「佐久間係長、伊藤先輩遅いんで、手伝ってきます。」
「あ~ごめんね。私、ファイルちゃんとしたつもりだったんだけど・・・間違って綴ってたら本当ごめん!伊藤君にも年度が違うファイルかもって伝えてくれる?」
「分かりました。探してきますね。」
資料室で伊藤先輩と二人きり、か。
佐々先輩との事、ちょっと探ってみようかな。
俺も、意識してもらいたいんだけど、どうしたらいいんだろう。
そんな事を思いながら、俺は資料室へと向かった。
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