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第19話

コンコンーー 「はーい」 カチャ 部屋に入ると、大きな作業台いっぱいに今年度の関係ファイルを広げて書類を探す伊藤先輩がいた。 「先輩、手伝いに来ました。」 「あー柊君、助かる~!」 「すごい量ですね・・コレ。佐久間係長が、年度が違うかもしれないって言ってましたよ。」 「やっぱり?全然見つからないと思ったんだよ・・・じゃ、この辺りも出してみようかな・・・」 椅子から立ち上がって、俺の横にある書類棚に手を伸ばす先輩。 きちんと身体のラインに沿ったスーツ、細い腰ー・・・・ トンーーー 俺はただ先輩を見つめていた・・ハズなのに。 いつの間にか俺は棚に手をついて、棚と自分の間に先輩を閉じ込めていた。 キスできそうな程の至近距離、棚を背にして俺の腕の間に挟まれて伊藤先輩が立っている。 「え・・な、に・・?」 「あ・・・・すみません、つい、無意識に手が伸びてました。」 「ハー・・・もー、無意識ってなんなの・・ふふっ。」 一日ぶりの伊藤先輩は、近づくと、ほのかに甘い香りがして。 足りない・・・もっと近づきたい・・・ ギュッー 「ちょ!柊君、苦しい・・・強い、強すぎ!!!!」 「あはは!伊藤先輩が足りなくて。ギューで補充中です。」 「何だよそれ~!あはは。はーーー」 俺に抱えられたまま、先輩は長い溜息をついた。 何だろう・・本当に元気が無い・・・ もぞもぞと身体を動かして、俺の方に向く先輩。 俺より少しだけ低いところにある瞳がじっと俺をみつめている・・・ 「先輩、今日本当におかしいですよ・・・佐々先輩と、何かあったんでしょう?」 抱きかかえたまま、その綺麗な瞳をじっと見つめて問いかける。 「・・・俺、おかしいのかな・・・あの人に言われた通りなのかも・・」 「は・・・・・・?」 何、今の・・・どういう・・・意味だ・・・・? 何て言ったらいいか分からず逡巡していると、俺の胸に伊藤先輩の手のひらが触れて。 そのままグッと押されて、俺達の間に距離ができた。 「充電、終わり。書類探さなくちゃ、ね?」 離れた距離がそのまま心の距離のようで寂しくてーーー 「・・・先輩、俺が書類見つけたら、一つだけお願い聞いてくれます・・・?」 どうにかして近づきたい一心で、無理を口にしてみた。 「え?俺に出来ることなら・・・」 何言ってるんだって、笑われて終わりかと思ったのに。 伊藤先輩は、キョトンとした顔でOKしてくれた。 仕事なんだから、やって当たり前なのにこんな子供みたいな提案を受けてくれるなんて。伊藤先輩の優しさは本当に嬉しいけれど、ちょっと心配だ。急に抱きついてくるようなヤツのお願い、聞いちゃっていいのかよ!? まあ、伊藤先輩はメシでも奢らされるって程度の認識っぽいけど・・・ 先輩のこの鈍感さ、申し訳ないけど利用させてもらわない手はない。 名残惜しいけれど、バッと先輩から離れてファイルを漁る。 お願いを聞いてもらえる、そう思うと俄然やる気が出てきた。 この俺が、探し物如きにこんなに必死になるなんて思いもしなかったぜ・・。 アレコレ不埒なお願いを妄想しつつ、物凄いスピードでファイルのチェックをした。 ・ ・ ・ 「は・・・・!あった!!!先輩!!!!ありました!!!!」 「えっ!どこ・・・!?あ、クリアファイルに入れたままで、綴ってなかったの・・・・?」 「はい!棚の間に落ちてました。」 「なんだーそっかぁーー 見つかって良かった・・・ありがとう、柊君!」 「先輩、約束・・・」 「ふふ。ちゃんと覚えてるよ。お願い事なんて、柊君は可愛いね。」 書類を大事そうに胸の前で抱えたまま、少しイタズラな表情でニヤリと笑われて・・・。 そんな先輩が可愛いんですけど・・・・ 可愛い、か・・そういえば、俺はカッコいいとしか言われた事ないな・・・ 伊藤先輩と居ると、俺自身もいつもと違う気がして。 新たな発見がたくさんある。 そうだ、お願い・・・ さっきからずっと考えていたけれど、やっぱりお願いはコレしかない!! 「あの・・・週末、また泊りに行きたいです。」 「え?そんな事でいいの・・・・?」 そんな事って、先輩、俺に何されたか覚えてますか・・? 俺だって先輩に男として意識してもらいたい。この週末が、勝負だな。 「じゃあ、パジャマ用意しておくからね。」 ニコリと微笑んでそう言われて。 約束、覚えててくれたんだな・・・・ 先輩の笑顔に胸がギュッとなる。 それは、俺が今までに感じたことの無い痛みで・・・・。 なんだかたまらなくなって、伊藤先輩の腕を取ってふわりと抱き寄せた。 ぎゅーーー 「わ!また・・!柊君、それって癖なの?心臓に悪い・・・」 「ふは、心臓にって、まだ若いのに!これは、伊藤先輩限定の癖です・・・」 「それならいいの、かな・・?。だって女の子にしたら、セクハラだよ。あ、でも柊君なら皆喜んじゃうかな・・・」 そう言って俺の胸に頭を預ける先輩。 それならいいなんて、期待しちゃいけないと分かっているけれど、 つい期待してしまう・・。 「佐久間係長に渡してきますか・・・」 「そうだね。行こうか!」 探し始めて二時間、やっと書類を見つけた俺達は、晴れやかな気持ちで課に戻ったんだけど・・・経理課のドアを開けると、目の前に見覚えのある大きな背中があってーー 「ササ!」 「よ、蛍斗!」 また出た・・・・・佐々先輩を威嚇する吉岡の後ろから、俺も便乗して威嚇する。 そんな俺達を見て、佐々先輩は余裕の笑みを浮かべている。 クソ、余裕ぶってられるのも今のうちだぞ!なんて思っていると・・・ 「な、蛍斗、今日家寄っていいか?」 「うん。でも、月曜になんて珍しいね。」 「!!・・・・家飲みですか!?俺も行きたいです!」 抜け駆けなんて許すかよ! 思わず手を挙げて参加表明をする俺に、伊藤先輩はニッコリとほほ笑んでくれて。 「いいかな?ササ。」 「もちろんいいぜ・・・」 うわ・・・・佐々先輩の視線が痛い・・・・ でも、二人っきりになんてさせねーぞ! 席に着いて、ノートパソコンを開いて仕事をしていると、 少しだけ冷静になってきて・・・ 俺、こんな必死で・・・スゲェカッコ悪くねぇ? いつもだったら、絶対にそんな事しない。 今までの俺は『一生懸命』とか、何ソレって感じだったのに・・・ それでも、伊藤先輩を欲しいと思う気持ちが俺を動かす。 気づけば定時まで後少しで・・・・ 終業の放送が鳴ると、スッと横から綺麗な手が伸びてきて、 俺のパソコンの横にコトリと何かが置かれた。 よく見ると、それは鍵で・・・ 顔を上げると、伊藤先輩がニコニコと微笑んでいた。 「家、分かるよね?俺ちょっとだけ用があるから、先に帰っててくれない?佐々は鍵を持ってるから、もしかしたら先に居るかも。」 鍵・・・・伊藤先輩の・・・・ 佐々先輩が合鍵を持ってるってトコは気に食わないけれど、出会って数カ月の俺に渡してくれるなんて、信頼されているみたいで嬉しい。 仕事が終わっても伊藤先輩と過ごせると思うと純粋に嬉しくて、俺は簡単に買い出しをすると、急いで伊藤先輩の家に向かった。

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