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第28話
ーー side 柊 碧生 ーー
伊藤先輩を医務室に預けて課に戻った俺は、事情を佐久間係長に話して、今日は定時で上がって伊藤先輩を家まで送ることになった。
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「ただの風邪だと思うけど、熱が高いわね・・・まだまだ寒いからね、暖かくしておかないと・・。君も気をつけるのよ。」
「はい・・・。
定時に迎えに来ますから、それまでよろしくお願いします。」
「ふふ、そんなに心配した顔しないで。温かくして、こまめに水分を取って寝ていたら治るからね。定時まで、ここでゆっくり寝ててもらうから安心して課に戻って。」
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心配・・・するだろ、そりゃあ・・・
伊藤先輩の辛そうな姿は見たくないし、それにこの熱を出させたきっかけって・・・
俺には思い当たる節が沢山あり過ぎてーー。
昨日は二人掛かりで立て続けに無理をさせたし、朝なんて・・俺は夢中になってて気がつかなかったけれど、寝室は暖房なんてついていなかったよな。
寒い中あんな事をしてしまって、風邪を引いてもおかしくない。
伊藤先輩の苦しそうな顔が頭から離れない。
俺のせいで・・・
そんな事を考えながらパソコンを叩いていると、手元にふっと影が落ちた。
「よ、柊。伊藤はどーだったんだよ。」
「吉岡センパイ。
産業医の先生はただの風邪だと思うって言ってました。でも、熱が高くて一人で帰れそうにないんで俺が送っていきます。」
「お前、一人で伊藤ん家行けるの?」
「はい。何度か行ったんで・・・」
「ふーん・・・。」
吉岡は生粋の女好きだ。
でも、それは俺だって同じだった。
こいつも伊藤先輩の事を好きになったらめんどくせーな・・
さっき密室で何があったか分かんねーけど、ちょっと牽制しとくか。
「吉岡センパイ、伊藤先輩に抱きつかれたからって変な気起こさないでくださいよ。女好きの上、男にも見境がない変態だなんて救いようがないですからね。」
「は?んなワケねーだろ。てめーは本当俺には当たり強えーよな。でも・・・
あ!遠野ちゃん!今日ディナーでもどう!?」
会話の途中、ちょうど横を通り過ぎた女子社員に声を掛ける吉岡。
「でも」の続きが気になったけれど、すっかり女子社員に夢中になっている吉岡は止められない。
しかし底抜けの女好きだな・・・勢いがありすぎて、常に空回りしてるけど。
「え!?柊君も一緒ですか?」
「いえ、俺は違います。」
「じゃあ、遠慮しときます・・・」
「え!?そんなーーー・・柊、お前マジむかつく!!」
そう言って俺の肩を小突いてくる。
完全に、俺のせいじゃねーだろ。
ブツブツ言いながら自分の席に戻る吉岡を横目で見送って、伊藤先輩を迎えに行くため、残りの時間を必死になって仕事をこなした。
コンコン―
「はい。」
「迎えにきました。」
「あ、君ね。よかった。伊藤さんは寝たり起きたりを繰り返しているけど、まだ熱が下がらないの・・起きるまでここで休む?」
「いえ、連れて帰ります。」
「え、どーやって・・?」
つらそうに浅い息を繰り返す伊藤先輩・・
伊藤先輩の事だ、起きたら俺に気を使って無理して自分で帰ろうとするに違いなくて・・・
俺は、伊藤先輩に掛けられた布団をめくると、先輩の体が少しでも冷えないようにと伊藤先輩のコートと、俺のコートを重ねて掛けてそのまま横抱きに抱きあげた。
「まあ・・・伊藤さんも大きいのに・・・君、力持ちねぇ。大丈夫なの?」
「はい。じゃあ、連れて帰ります。」
「ふふ。伊藤さん、いい後輩が出来たのねぇ。気をつけて帰るのよ。」
産業医の先生に薬をもらって、社のエントランスに待たせていたタクシーに乗り込む。
朝は三人で出勤したマンションに、帰りは二人、か・・・。
今朝の伊藤先輩との情事を思い出して少しムラムラしつつも、俺の膝枕で辛そうに眠る先輩の顔を見て冷静になる。
いつもだったら一回ヤッた女には興味が無くなるのに、伊藤先輩への気持ちは増すばかりで・・・。
先輩の家に着いて、伊藤先輩の鞄から鍵を探す。
佐々先輩は、鍵を貰ってたよな・・・俺も合いカギが欲しい・・・。
そんな事を考えながら、見つけた鍵で部屋に入り真っ直ぐに寝室へ向かう。
少しシワの残るベッドに先輩を下ろすと、スーツを脱がせた。
朝は青白かった顔が少し赤くなっていて・・
熱が上がってきたのか眉を寄せて苦しそうな顔。
何か・・しないと・・えと、熱の時ってどーしたらいいんだっけ!?
年の離れた姉が居る俺は、世話を焼かれてばっかりで・・
人に何かしようと思った事も、した事も無い事に今更ながら気がついて自分でも少し驚いた。
俺って本当、今まで何やってたんだろう。
「ん、ハーッ・・・」
先輩の苦しそうな寝息に我に帰る。
今までの俺のクズな人生を振り返ってる場合じゃねー。
先輩がこんなに苦しそうなのに、ただ見てるだけなんて・・・
・・!
あれに頼るしか・・ねぇ・・・。
俺は、ベッドに腕を乗せて床に座り込むと右ポケットから素早くスマホを取り出した。
タッタタッ
『熱 看病 方法』
よしっと。
こんなもんだろ。
検索ボタンをタップするとーーー
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☆水分を取る(スポーツドリンク)
☆オデコ、脇の下を冷やす
☆汗をかいていたらこまめに着替える
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えっと・・今できるのは・・・・
先輩は汗かいてるし・・・着替えてから冷やす!だな!
まずは着替え・・・っと、タオルだ!
伊藤先輩の家で勝手が分からず焦ってウロウロしていると目を瞑ったまま先輩がポツリと呟いた。
「サ・・・・サ・・・」
「・・・・・。」
ここに居るのは俺なのに。
人の気配がして、無意識に佐々先輩の名前を呼ぶ伊藤先輩。
寝てるんだから仕方ないって分かってるけど・・
胸が締め付けられるように痛い。
二人はずっと一緒にいたんだから、当たり前なんだと言い聞かせても、伊藤先輩の中にある佐々先輩の占めるウェイトの大きさに焦りが募ってしまう。
この先、俺なんて必要無いって・・思われたらどうする?
ベッドを覗き込んで、その綺麗な顔を覗き込む。
どんな夢、みてるんですか?
俺も伊藤先輩の心の中に少しはいますか?
不安になって・・・少しでも触れたくなる。
いつもきちんと整えられた少し長めのセンターパートの前髪が少し瞳にかかっている。
ゆっくりとかき分けて閉じた瞳を露わにすると、長い睫毛がふるりと震えた。
「ん・・・・」
伊藤先輩の唇がゆっくりと開く。
また、佐々先輩の名前を呼ばれたら俺耐えらんねー・・
瞬間、言葉ごと封をするように、少し開いた伊藤先輩の唇に、ゆっくりと俺の唇を押し付けた。
頭をかき抱いてゆっくりと舌を絡ませる。
ビクリとして逃げる先輩の舌を軽く吸って、舌の裏を優しく撫でる。
最後に上唇を啄んで・・・
「っ、ん・・・っふッ・・・・ひいらぎ、くん・・・・。」
突然呼ばれて、慌てて距離を取る。
ヤバい、先輩の事起こしちゃった!しかも、熱で寝てるのに無理やりディープキスなんてして・・俺、最低じゃん・・・。先輩に呆れられたらどうしよう。
何か言われる前に謝ろうと恐る恐る先輩に近づくと、先輩の瞳は閉じたままピクリとも動かなくて。
あ、れ・・寝てる。今の、無意識・・・?
え、先輩・・もしかしてキスで俺の事分かってくれたのか・・・?
先輩の中に俺がいる。
それは佐々先輩に比べたらほんの少しかもしれないけれど、それでもスゲー嬉しくて。
眠る伊藤先輩のオデコに軽くキスを落とした。
「・・・好きです、伊藤先輩。」
「何寝てる相手に告白してんの。」
誰も居ないハズの部屋で溢れる気持ちを言葉にした瞬間、後ろから突然声を掛けられて・・・
俺は心底ビックリして少し飛び上がってしまった。
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