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第30話

ーーside 佐々 健太 ーー 蛍斗の為に・・・となると俄然やる気の出た柊が嬉しそうにキッチンに立つ。 少し年下で、蛍斗に犬みたいに懐いていて・・そして、欲望にも忠実で。 そんなコイツが俺は嫌いじゃない。 吉岡から蛍斗が寝込んだと聞いて、好物の鯛の雑炊を作ってやろうとスーパーに寄った俺はいつもよし少し多めに食材を買って蛍斗の家に向かった。 恋敵の柊の分も買うなんて、俺もどーかしてんな・・ 雑炊は柊に任せて、冷蔵庫を開けて何を作るか考える。 俺達のは簡単に、鯛のアクアパッツァにしよう。 冷蔵庫からガサガサと必要な物を取り出していると柊がひょっこりと横から顔を出した。 「佐々先輩、俺、何したらいいですか!?」 さっきまでのツンとした態度が嘘みたいにニコニコと横に立つ柊。 「まず、そこにあるネギとえのきを食べやすい大きさに切ってくんねーか?」 「はい!」 明るくて元気な返事に思わず笑みが零れる。 料理好きな蛍斗の家選びの条件はキッチンが広い事だった。 通常の2LDKのマンションよりも少し広めのキッチンは、男二人が立つには十分な広さだ。 よく二人でつまみを作ったな・・・。 さて、俺も作るか! 鯛をさばこうと包丁を手に取った時・・・ ガンッ!!ゴン!ドッ!!!ザクッ!!! 突然、隣から包丁を使う音とは思えない音が響いた。 「ふっ・・柊、お前性格と一緒で料理も繊細さに欠けるな。」 「は!?・・ッ馬鹿にしないでくださいよ!俺・・包丁持ったの今日が初めてなんですからね・・。」 いつものように嫌味でも返ってくるかと構えていたら、思いの外しゅんとして・・まるで怒られてしっぽが下がった犬みたいだ。 「馬鹿になんてしてねーよ。ほら、教えてやるから・・・」 ・ ・ ・ 「あ、・・・なるほど・・猫の手っていうんでしたっけ・・・?」 「そう、あ、そんな力入れんな・・真っすぐ。うん、いいな。」 柊の後ろに回って、ネギと包丁を持つ手にそれぞれ俺の手を添えて教える。 ピタリと体をくっ付けて指導するなんて、いつもだったら振り払いそうなもんなのに、今日はおとなしく言う事を聞いていて・・ 近づくと、ふわりと爽やかな香水の香り。 吉岡みたいに離れていても香るような強さじゃなくて、至近距離になった時に初めて気づくような嫌味の無い良い香りだ。 いつものすました態度にきちんとした身なり、そしてこのスタイルと顔。女にモテるのも分かる。 けれど、実際の柊は意外に子供っぽくて、負けず嫌いの癖に妙な所で素直で・・。 今までの女にそれを隠して付き合ってきたのか、それとも蛍斗への強い思いで柊が変わったのか。 「できました!」 「うん、いいじゃねーか。」 俺に手を添えられたまま、ネギを切り終えた柊が嬉しそうに叫ぶ。 その姿が可愛くて、少し下にある髪をクシャリとかき混ぜてから体を離した。 こうしているとただの可愛い後輩だな。 「じゃあ、同じようにえのきも切ってみろよ。」 「はい!」 元気良く返事をした柊は再びまな板に向かう。 トントンー     ザ・・ザク・・・ 二人の包丁の音が静かな室内に響いて。 「佐々先輩・・・」 急に沈んだ声で呼ばれて横を向くと、不格好な形に切られたネギとえのきの乗ったまな板を見つめながら柊がボソボソと話し始めた。 「俺・・・伊藤先輩にいらないって思われるのが怖いんです・・・佐々先輩は、伊藤先輩にとって無くてはならない人で。俺なんか、何をやっても役に立てないし・・今日は朝から無理矢理あんな事して熱出させちゃって。・・・はは、俺、佐々先輩に何言ってんだろ・・佐々先輩といると、調子が狂うんですよね・・。忘れてください・・。」 「・・・柊・・・俺だって、経験のない蛍斗に付け込んであんな事して・・。蛍斗は今まで恋愛した事がねーから、後になってやっぱり俺とは友達で、今更恋愛対象には見れねーって言われたらどうしようかって・・俺だって不安だよ。お前みたいな奴も現れたしな!はは。」 元気付けるように明るく言って、俯向く頭をクシャリとかき混ぜる。 「俺達のこの先は、蛍斗次第ってことだな・・・。」 「俺・・変な事言いますけど、どっちも選ばれないのはもちろん嫌ですけど、佐々先輩が居なくなるのもなんか嫌なんです。」 「おい!お前、俺が振られるみたいな言い方すんなよ!まあ、俺も・・・お前がいなくなったら、いじめる相手が居なくなって寂しい・・かな。」 「いじめるって何ですか!俺が真剣に話してるのに!」 「わりーわりー!ほら、手動かせよ!」 「あ・・そうだった!次は何したらいいですか?」 「そのつゆの入った鍋に、今切った物入れて、中火で煮込んで。」 「はい!」 柊の本音。俺の本音。 三人の空間が意外に心地良いと思っていたのが俺だけじゃなかったと知る。 あんなに嫌われていたと思っていた柊が俺にも懐いてくれて。 蛍斗を愛する気持ちは変わらない。でも、こいつと二人で愛してやれば、それは何倍にもなるんじゃないか・・そんな勝手な事を思ってしまう。 俺は欲しいと思った物は絶対に手に入れてきた。 蛍斗は、俺が世界で一番欲しかった人だ・・・。 傷つけたくはないけど、俺の全力で落してやるって気持ちは変わらねー。 今まで本気になった事が無かった柊も、同じ気持ちだと思う。 少し前まで、好きだという言葉さえ言えなかった俺。 柊の事がきっかけで、自分の気持ちに嘘をつかなくて良くなって・・ 好きと伝えられる事がどんなに嬉しいのか初めて知った。 俺達は本気だ・・・ 蛍斗、覚悟しとけよ・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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