54 / 97

第54話

「ごめん、俺用事思い出した。先に戻るね」 憂いを帯びた表情で悲し気にかなちゃんが微笑む。 そのままかなちゃんはドアの方へと歩いて行った。 どうしてそんな顔で微笑むのだろう……。 物凄い不安に襲われた。 怒ってるでもなく、ただ悲しんでいるのともどこか違う。かなちゃんのそんな顔、見たことない。 今すぐ抱き締めて俺の腕で包み、ただ大丈夫だよと伝えてあげたい。 そう思わせる程の儚ささえ感じて、かなちゃんを引き留めようと立ち上がろうとした。 だが神崎先輩の手が俺の動きを制す。 「俺がいく」 「え」 「お前が行ったら余計ややこしくなりそうだからな」 「は……?」 どういう意味だ? この人、かなちゃんを慰める役を買ってでるつもりか? もしそうだとしたら、下心しか感じないんですけど……。 でも……。俺の手を振り払い拒絶したかなちゃんが脳裏を過り、言葉が出なかった。 「えっと米本だっけ?余ってるおにぎりやるよ。沢山食べて大きくなれよ~」 「え、はい!あざっす!」 俺はかなちゃんと神崎先輩の後ろ姿をただ茫然と眺めていた。 「俺が行く。だって!かっけー!!」 突然米本が声音を低く、きりっとした表情で、神崎先輩の台詞を真似する。 しかし米本の声はにわかに小さくなり、みるみるうちに、しょんぼりとしてしまった。 「……けど、なんか……。なあ本郷、あの二人、もしかして恋人同士だったりする?……って、知らねーよなそんなこと。知ってたら先輩に紹介するなんてことしないよな……」 「こ、恋人なわけないだろ!」 と思うけど……確証はない。 「そうだよな……。そう簡単に男同士で付き合うわけないよな……。でもあの二人は端から見てもしっくりくるっていうか、お似合いだと思わねぇ?こんなこと言いたくないけどさ」 「なんだ米本、お前弱気だな。そんな柄じゃないだろ。頑張れよ」 くそー。こいつを神崎先輩に押し付ける作戦は失敗だ。次はどうする……? 「お前、やけに協力的だけど、なんなの?ちょっとキモいんだけど」 「キモいって……。っつーか米本は色気が足りない。もっとこう、うふ~ん、あは~んみたいな感じで神崎先輩を落としてくれよ。頼むよ」 「はぁ!?」 自分でもバカなことを言っているのは百も承知だ。

ともだちにシェアしよう!