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第59話

当然その晩はよく眠れるはずもなく、かなちゃんのことで悶々としながら、やっとうつらうつらと眠りについたのは朝方のことだった。 ……た。……いた。啓太。 「啓太……寝てる?寝てるよな」 遠くから聞こえるかなちゃんの声で意識が急浮上する。 どれくらい眠っていたのか、窓から差し込む光が眩しくて、太陽はもう真上を通過したのだと認識した。 ぱちっと瞼を開けると、そこにはかなちゃんが俺を覗き込む様子で立っていた。 「お帰り、かなちゃん」 「啓太。ごめん起こして。眠い?まだ寝てていいよ」 「ううん、起きる」 のそっと起き上がり、かなちゃんをじっと見詰めた。 小さな白い顔につぶらな瞳。柔らかな線で描かれたような小振りな鼻や、柔らかそうな唇。 そんなディテールの一つ一つを凝視して、本当にかなちゃんが帰ってきたのだと実感する。 でも、まだ足りない。 「かなちゃん……」 「へ……っ」 俺はかなちゃんの腕をくいっと引っ張って、ベッドサイドに腰かけさせた。 「キスしたい」 かなちゃんの柔らかい小さな口を丸ごとがぶりと食べるように食んで、吸って、舌をめちゃくちゃに絡めたい。 欲情した手をかなちゃんの頬に当てるとかなちゃんは少し狼狽えた様子で俯き、俺の手から顔を背けた。 「かなちゃん?」 「啓太……、もうやめよう、練習なんて」 「え?」 「もう練習は十分じゃないか?啓太はすごく……キス、上手だと思うよ。この調子で、本当に好きな子に、キスできたら……いい、ね」 「……かなちゃん?」 かなちゃんはそこまで言って肩を震わせた。 かなちゃんは声を殺して、顔を背けながら涙を流していた。 「え、ちょっと……かなちゃん?ごめん。そんなに俺とキスするのやだった?寝起きだから?」 「ぶっ」 涙を流していた筈のかなちゃんが一瞬吹いたのがわかって、笑ってくれたのか!?と焦る気持が少し弛んだが、かなちゃんはまだ泣いていた。 理由がイマイチはっきりしない、涙。俺は相当な不安を覚えた。 今、こうして、自分の大好きな人が涙を流しているというのに、どうしたらいいのかわからない。 隙あらばかなちゃんにキスしたり、触ったりと、疚しいことしかしない自分の手が行き場を無くして宙を彷徨う。 ここは抱きしめてもいいのだろうか……。 「兄ちゃん……」 怖がらせたりしないように。そう思って囁いて、ゆっくりと手をかなちゃんの背中に回した。 かなちゃんは、一瞬ぴくっと体を震わせたが、俺がかなちゃんを抱きしめると、ゆっくりと俺に体重を預けてくれた。

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