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第82話

暖かな日差しが降り注ぎ、柔らかい風が頬を撫でる。 無事に高校を卒業し、新たな4月を迎えた。 俺は今、義母さんと一緒にかなちゃんのアパート前にいる。 「はい、これアパートの鍵ね。無くさないように気を付けてね。彼方には話してあるから、中に入りましょう」 「うん」 ゴクリと喉が鳴る。 会いたくて、抱き締めたくて、恋い焦がれてやまなかったかなちゃんが、このアパートに帰ってくるのだ。 生活必需品は殆どかなちゃんの部屋に揃っている。 自前のものは今のところ衣類ぐらいだろう。 現にスポーツバッグの中身はパンツとパジャマと下着と当座の衣服が殆んどだ。 「あらやだ、もうこんな時間?じゃあ足りないものがあったら連絡ちょうだいね!」 「うん。ありがと、かあさん」 義母さんは腰を下ろすも、慌ただしく立ち上がる。 「頑張んなさいよ!」 「うん」 義母さんは「じゃあね」と言って手をひらひらさせながら部屋を出ていった。 これで本当に暫しのお別れだ。義母さん本当は彼方の顔だって見たかっただろうに。 しかし、義母さんはそのままその足で父さんと温泉旅行に行くらしい。 新幹線の乗り場で待ち合わせなんだって。 仲睦まじく、何よりだ。 それに義母さんいたら俺、かなちゃんといちゃいちゃできないし……。 義母さんには悪いがこの状況はありがたい。 かなちゃんの部屋に俺一人が残された。 かなちゃんは午前の講義が終わったら帰宅する予定だ。現在ちょうど正午過ぎ。 かなちゃんお昼どうするんだろう。 一応義母さんに牛丼2人分持たされたけど……。 手持ち無沙汰な俺は一通り部屋を見回した。 部屋は暖かみのある生成色を基調とした1K。壁側に32型テレビとDVDプレイヤーが置かれている。 本棚には機械工学に関する書物が並び、かなちゃん頑張ってるんだなぁと感心させられた。 ベッドはない。こんなところにベッドを置いたらフリースペースが殆どなくなってしまうだろう。 きっと備え付けのクローゼットの中から布団を出して敷いて寝てるんだ。 テレビの前には小さな四角いローテーブル。青いクッションが2つ。 もう少し雑然としていてもおかしくないのに、余計なものは床に何一つ落ちておらず、かなちゃんの部屋なのに実家暮らしの時とはどこか違う雰囲気だ。 一人でいるから余計に感じるのだろうか。ちょっと寂しいぞ。 こんなところでかなちゃん一人暮らしなんかして、大丈夫なんだろうか。 俺はテーブルに置いてあるリモコンケースからテレビのリモコンを取り出してテレビを点けた。 どのチャンネルも昼時ということもあって、ワイドショー一択だ。 それでも音を聞いていたい気分。早くかなちゃんに会いたい。

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