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第94話 キャンドル *「その恋の向こう側」番外編

 自分が七夕生まれであることにこれといった思い入れはない。単なる365分の1日に過ぎない。  誰かが短冊に書いた願いごとはその誰かの願望であって俺のためじゃないし、天の川を隔てた恋人は俺との逢瀬を心待ちにしてるわけじゃない。祝日でもないし、食品業界やコスプレ業界を潤す効果もさほどない。なんだか幸運そうなゾロ目の数字だって「覚えやすい」以上の役割はない。覚えてもらったからと言って特別なことは起こらない。……起こらなかった、今までは。  けれど今は、そんな365分の1日を迎えると、朝からソワソワする奴がいる。毎年カットケーキでいいかホールケーキがいいかと大真面目に尋ねてくる。2人しかいないんだからカットケーキでいいだろうと毎年答えるが、毎年何故かちょっとしょんぼりする。 「なあ、ホールケーキにする? それとも、今年もカットケーキ?」  今年もやってきた、あの質問。俺が答える前から半分諦めた表情。試しに「ホールケーキにしてみようか」と答えてみれば、「本当?」と彼の目が輝いた。  慌てて「でも、小さめでいいよ、2人で食べ切れるぐらいの」とは言ったものの、俺のその言葉が耳に入ったのかどうか疑わしいほど、はしゃぐ彼。  やがて彼が大きな箱を抱えて帰ってきた。小さめでいいという言葉はやはり聞こえていなかったか。でもまぁいいかと苦笑しながら見ていると、彼は早速それを出し、それから鼻歌混じりにケーキにキャンドルを立てはじめた。 「やっぱりデコレーションケーキにキャンドルだろ、誕生日と言ったら。でも、この数を飾るなら、やっぱケーキもこのぐらいのサイズじゃないとバランス悪いからさ」  俺の声が聞こえていなかったわけじゃないらしい。そして……俺のためならそんなことしなくていい、という遠慮が、今までどれほど彼に淋しい思いをさせたのか、突然、そしてやっと分かった俺。 「でもなあ、キャンドルなんか一瞬だよなあ。取っておいて、俺の誕生日に使い回そうかな。どうせ同じ数なんだし」そんなことを言いながら、火を点けようと着火具に手を伸ばす彼を、背後から抱きしめた。「あっぶね、今、火ぃ点けようとしたところなのに」 「うん、ごめん」俺は彼の髪に顔を埋める。 「なんだよ、急に」 「なあ、今日は何の日?」 「は? そりゃおまえの誕生日だろ? だからこうして」 「世間的には七夕だよ」 「……ああ、そう言えばそうだな」 「キャンドル、使い回しなんかすんなよ。ちゃんとおまえの時はおまえ用に用意するよ、今度は俺が」  俺に抱きすくめられたままの彼が言う。「2月14日は何の日?」 「おまえの誕生日」  世間的なことなんか知らない。  その日は、大きなデコレーションケーキにキャンドルを飾る日。おまえに「生まれてきてくれてありがとう」って伝えるための。 --------------------------------- #うちの子版深夜の60分一本勝負 お題「ロウソク」 #本編「その恋の向こう側」→https://fujossy.jp/books/1557 7/7は涼矢の誕生日。

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