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第96話 蝉と柳

私達は人間でした。 たとえば今は柳のこの私。しなやかな枝と細長い葉は、その昔、男ながらすんなりと伸びた、自慢の腕と指でした。 たとえば私に貼りついて鳴いているこの蝉。これはかつて私が愛した、そして私を愛した男。 人口増加が深刻化したのは二世紀前のこと。人口の三割減を果たさねば立ち行かなくなる食糧事情。かといって次の世代を生みださないわけにもいかず、ついに罪人を生贄に捧げる決断がなされました。罪を犯した者は、その罪の軽重に依らず人間以外の生命体に姿を作りかえるという法律が制定されたのです。 望んで望まれて愛し合い結ばれても、何も生すことのできない私達。その法律は多くの人間を絶望させましたが、そんな私達にとっては希望でした。 それならば私は花になりたいと望みました。あの人に蝶になってほしいと願いました。あの人に蜜を吸われ、受粉し、やがて種子を作る、そんな生命になれるのならばどんなに素晴らしいことでしょう。噂に聞いた話では、他人の物を盗めば虫に、他人に怪我をさせたら草花にされるのだと。 だからあの人は私の指輪を盗むふりをしました。私のためにあの人が贈ってくれた指輪。 だから私はそれに怒ったふりをして、あの人を切りつけました。 そうして思惑通りに、私たちに罰が下りました。 そうして予想外に、私は柳に、あの人は蝉になりました。 生まれ変わってもなお、何も生し得ぬ私達。もう新しい罪を犯すこともできない私の手。愛を囁くことなく耳障りな鳴き声を上げるだけのあの人。どんな姿になろうともあの人を愛する覚悟をしていたはずなのに、この浅ましい後悔をどうすれば良いのでしょう。 いっそ消えてしまえばよかった。 --------------- 診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語」のお題にて作成しました。 https://shindanmaker.com/801664 古池十和さんには「私達は人間でした」で始まり、「いっそ消えてしまえばよかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば5ツイート(700字程度)でお願いします。 (691字)

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