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第97話 花と蝶
いっそ消えてしまえばよかった。
かつて誰よりも愛したおまえを、それほどまでに恨まずにはいられなかった。愛していた。愛されていた。それだけで、どうしておまえは満足できなかったのか。
俺達の愛を貫くにはこれしかないと血迷って罪をでっちあげたおまえ。
おかげでおまえは柳の木に、俺は蝉に変えられた。おまえを責めようにも、おまえにしがみついて耳障りな羽音しか出せない我が身を呪う。
犯罪者を人間以外の生物に作り変えることで、過剰な人類を減らし同時に生態系を守る……という法律ができたのは二世紀前。反対意見も多かったが、死刑が廃止され医学が発達した中で、人口爆発を食い止めるにはこの方法が最善だと判断されたのだった。
医学の発達はまた、男の妊娠を可能にしていた。しかし、これもまた妊娠可能な個体の増加は人口増を招くとして認められることはなかった。
それでもおまえは俺の子を生みたいと言った。天涯孤独だったおまえは、ことのほか血の繋がりに執着し思い詰めた。
花になりたい、と口癖のようにおまえは繰り返した。私が花だったら種を残せるのに、と。口癖は徐々に具体的になってきた。知ってた? 犯した罪の重さで何になるかが決まってるんだって。傷害罪は草花にされるんだって。ねえ私も誰かを傷つければきれいな花になれるのかな。そしたらあなたは蝶になってよ。蜜を吸い、花粉を運び、私に種を授けてよ。あなたのその蝶が好きだから、と俺の胸元の蝶のタトゥーを指差すおまえに、俺は蝶のデザインの指輪を贈った。
花になりたい、蝶になってよ。抱き合いながらおまえは何度もそう言った。いいとも、蝶になるにはどうしたらいいんだっけと俺は答えた。おまえは自分の指から指輪を引き抜き、俺に握らせた。ほら、あなたは私の大切な指輪を盗んだ。窃盗犯は虫にされるんだよ、と言って笑った。
そうか、じゃあおまえは俺を傷つければいい、そうすれば花になれるのだろう?
そう言ったのは俺だけれど、本気だなんて思わなかった。いいや愛を疑ったわけじゃない。ただ、花になり蝶になれば望みがかなうなんて、そんなことを信じてるなんて、思わなかったんだ。
おまえは俺の胸の蝶をなぞるようにカッターを滑らせた。
助けを呼ぼうと電話を探した。だが、思いのほか傷は深くて、意識が遠のき、視界がゆらめいた。
ぼんやりと見つけた電話に手を伸ばしても空を掴むだけだった。
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診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語」のお題にて作成しました。
https://shindanmaker.com/801664
古池十和さんには「いっそ消えてしまえばよかった」で始まり、「手を伸ばしても空を掴むだけだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。 (977字)
偶然、前話「第96話 蝉と柳」の結びの文が書きだしとして指定されたので、相手目線の別ルートということで書きました。
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