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第105話 オレンジピール *「その恋の向こう側」番外編

「で、結局チョコは欲しいの? 欲しくないの?」  涼矢が言った。 「欲しいよ、そりゃ。」  和樹が答えた。 「じゃあ、はい。」  涼矢が差し出したのは、有名なスイーツブランドの包装紙に包まれた、長方形の箱だ。おそらく中はチョコの詰め合わせだろう。素人の手作りチョコには否定的な涼矢だったから、市販品なのは想定の範囲内だ。バレンタインデーは和樹の誕生日でもあり、そのプレゼントは別口で既にもらっている。去年まではそれだけだったが、今年はどうした風の吹き回しかチョコもあるようだ。涼矢が選ぶなら市販品だろうとは思うが、「涼矢からバレンタインチョコをもらうこと」自体は想定外で、「チョコ、要る?」と聞かれた時にはどういう意味か分からなくて、和樹はそっけなく「え、なんで?」と返してしまった。 「バレンタイン以外の何があるんだよ。」と涼矢も無愛想に言った。 「今までそんなのしなかったじゃん。誕プレだけで。」 「しちゃだめなのかよ。」 「だめってことはないけど。」  そんなやりとりの後に、涼矢が言ったのだ。 「で、結局チョコは欲しいの? 欲しくないの?」  欲しいと答え、涼矢から箱を受け取ると、「サンキュ。」と言いつつも、すぐさまそれをテーブルに置く和樹。 「なんだよ、欲しかったんだろ。もっと喜べよ。」 「だってそんな、仕方なくくれるって感じじゃ……。」 「仕方なくないよ。おまえのために心を込めて選んだ。」 「はいはい、そいつはどうも、ありがとさん。」  とってつけたような言葉には反応せず、涼矢は和樹に無言で背を向けた。 「すねるなよ。……一緒に食べよ。」  和樹はバリバリと包装紙を破った。箱を開けると、オレンジの香りがした。これは予想外だ。中に入っていたのは、プラリネでもトリュフでも生チョコでもなく、チョコがけのオレンジピールだった。そして、もうひとつの予想外は、それがいかにも家庭用の、ただのラップに包まれていたことだ。  つまりこれは、外箱だけは市販の菓子箱で、そこに手作りのそれを入れたのだろう。 「やっぱり、バレるよな。素人が作ったって。」涼矢がボソリと言う。だが、さっきの無愛想さとは違う。照れたように苦笑いを浮かべている。 「涼矢が?」 「うん。」 「へえ。」和樹は細長い箱に合わせたような、細長いオレンジピールを1本取り出す。いや、おそらく順番としては、オレンジピールに合わせて、この箱を選んだのだろう。チョコがかかっているのは半分ほどで、残りの半分は半透明の黄金色、表面には砂糖の結晶がキラキラと輝いていた。「分かったのは包んであったラップのせいだよ。これを見て素人だと思ったわけじゃない。」和樹はそれを更に高く掲げて、窓から射し込む陽光に透かすようにした。「すごくきれい。」  ふいにそこに影ができる。窓を背にして涼矢が立ちはだかったからだ。逆光の涼矢が、和樹の手首をつかんで、オレンジピールをバクリとくわえた。 「あ、おい、俺んだろ。俺のために作ってくれたんじゃないの。」和樹が手を離す。オレンジピールは涼矢の口にくわえたばこのように刺さったままだ。 「ん。」涼矢が顔を突き出した。チョコのかかっていない側が和樹に向けられている。 「なんだよ、もう。」和樹は宙に浮かぶオレンジピールを齧った。甘さと、苦味と酸味。それらが一体となって口の中に広がり、オレンジの香りが鼻腔をくすぐった。だが、大事な「チョコ」の部分は涼矢側にある。和樹はそのまま食べ進めていく。半ばまで来てチョコにたどりつくが、そこまでくればもう、その一口先は涼矢の唇だ。 「甘い。」唇を離して、和樹は呟く。 「何が?」と涼矢は笑う。 「オレンジピールか、チョコか……それとも。」 「どれだろうね?」  確認のためのキスは、和樹からした。 おわり。

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