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第107話 Paint it blue
青空に手を伸ばした。生乾きのポスターカラーが指に付く。
「あっ、おい、触んな!!」
君の怒りはもっともだ。
クラスで一番絵がうまいからと漫研の君に押し付けられた「ポスター係」。でも、君が得意なのはタブレット上で描くギャグ漫画であって、こんな大きな紙に絵筆で描く、「表参道あたりのおしゃれなオープンカフェのイメージ」の一枚絵ではない。
一ヶ月後に控えた学園祭、俺たちのクラスはカフェをやる。いやいやながらも君がこんなことをしているのは、そのポスター描きを一任されたからだ。
青空の下で、ウッドデッキみたいなところにテーブルがあって、ワンちゃんを連れたモデルみたいな女の子がお茶してて、あっ、飲んでるのはタピオカミルクティーがいいかなあ、えっでも、パフェとかのほうがカラフルでよくない? ちょっと待ってよ、だって売り物にパフェなんかないでしょう……
打合せでは、クラスの女子は好き勝手にイメージを盛り上げて、君に無理難題を吹っ掛けていた。
「今日中なんだろ? 終わりそう?」
「おまえが邪魔しなきゃ終わる」
それでも君は手を抜かずに何度も下描きをして、ようやく提出期限の今日、着色するところまでたどりついた。
「俺に手伝えることは」
「ない」
被せ気味に一刀両断だ。確かに俺の美的センスは皆無で、何も手を出さないのが一番役に立つだろう。
「分かったよ、おとなしく見てるだけにするから、そう怒るなって」
「そもそもなんでいるんだよ、こんなの見てたっておもしろくもないだろ」
「おもしろいよ」
「俺が困ってるのがそんなに嬉しいかよ」
「でも、楽しそうに困ってる」
君は「えっ」という顔で俺を見た。
「絵を描く時はいつもそう。漫画描いてる時もね。キャラと同じ表情になって、唸ったり泣きそうになったりしてるけど、楽しそうだ。そんで、俺はそれを見るのが楽しい。出来上がった作品を見るのも、すごく楽しいよ、いつも」
そう、いつも。
君は文句を言いながらも、出来上がった作品は真っ先に俺に見せてくれる。俺がおもしろいと言うと、パァッと笑顔になる。その瞬間が、本当は一番楽しい。
「でも、おまえガン見しすぎなんだよ。最近は特に。さっきだって勝手に絵に触るし、見るならせめて、もう少し離れろよ」
「離れたら見えない」
「完成したら見せてるだろ」
「君の顔が見えない。描いてる時の顔」
「……だから嫌なんだって」
君はそっぽを向く。その耳が真っ赤になってる。
「俺も最近変なんだ。前は気になんなかったのに、おまえが近くで見てると落ち着かない」
「つまり、一人で描きたいってこと? 俺は完成品だけ見たほうがいい?」
「いやっ、それは」君は慌てた様子で再び俺を見る。心細そうに眉が下がってる。「いてくれてもいいんだけど。いいけど、ただ、近過ぎるのがちょっと」
「邪魔?」
「邪魔じゃない……」
「いてほしい? どっち?」
君はいよいよ困り顔になる。これじゃまるで俺が苛めてるみたいじゃないか。
「分かったよ。外にいるから、出来上がったら、見せて」
俺が教室から出ようとすると、背後から名前を呼ばれた。
「いっ……いてもいいよ」戸に手をかけたまま動かないでいる俺に、君は言い直した。「いたほうがいい。いてほしい」
俺は君の近くに戻る。「いてほしいけど、近過ぎるのはダメなんだ?」
君は頷く。「こ、このへんから見てて」教室の床を指さした。君が描く位置からは約2メートル。
君はさっきと同じようにしゃがみこみ、床に広げたポスターの色塗りを再開した。
たかが2メートル、されど2メートル。
ああ、もっと近くに寄って君の表情が見たい。
君の息遣いが伝わるほど近くに行きたい。
俺の姿が視界に入るのが気になるせいだと言うなら、もういっそこの身を消して、透明人間になりたい。
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診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語2」のお題にて作成しました。
古池十和さんには「青空に手を伸ばした」で始まって、「透明人間になりたい」で終わる物語を書いて欲しいです。青春っぽい話だと嬉しいです。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/828102
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